アマゾン禁書政策、トランス支援、有権者ID…バイデンら偽善リベラリストによる「反リベラル管理社会」の到来を警告!(東京大学・三浦俊彦教授)

 結局、有権者ID法賛否の構図はこうなります。誰かを投票から排除するのは差別だ、IDなしで投票させよう、という形で「差別反対」を表明する民主党。ID申請を難しくしている諸事情を解消するのが先だ、という形で「差別反対」を表明する共和党。

 どちらも差別をなくしたいわけですが、「IDなしでも投票」という民主党の主張の方が、即効性がありそうでわかりやすいでしょう。困っている人々を具体的に援助する場面が思い浮かびますし。共和党の「IDをみんなに」は、長期計画すぎて、当面の差別をなくす役に立たないように聞こえます[4]

 もちろん裏を返せば、民主党の立場は、「多くの人がIDなしで疎外されている現状は仕方ないから、とりあえず投票権だけでも」という近視眼的な、社会問題それ自体には無関心な人気取り的姿勢と言えます。対して、「ID差別そのものをなくせば、薄っぺらな人権尊重アピールなど必要なかろう」というのが共和党の立場なのです。

 トランスジェンダーへの態度にも同じ図式が成り立つことを改めて確認しましょう。性別違和は治せないのだから、せめてその心理状態を尊重し、身体や法的性別の方を心に合うよう繕いましょう――これがリベラルの立場。いや、性別違和というのは〈認知の歪み〉なのだから、放置すると社会適応の妨げになる。心理療法によって健康な心身のバランスを確保しよう――これが保守の立場。保守の立場は地道で地味ですが、対症療法ではなく原因を絶つ科学的医療の原則に忠実です。うわべの修繕で食いつないでいこうとするリベラルの方は、根深い敗北主義に蝕まれていると言わざるを得ません[5]

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 身体と食い違う性自認を押し通す生活は、必ずどこかにしわ寄せが来ます。男性身体を受け入れられる女性施設は限られるし、性自認と他者の性的指向との衝突も深刻です。たとえば、身体のとおりに自分を男性だと認めればヘテロ女性と普通に愛し合えるのに、活動家に背中を押されて自分は女性だと言い張ってしまうと、レズビアン女性に求愛せざるを得なくなり、トラブルになるでしょう。障壁をすべて突破しようとすれば反発も高まり、「差別」は激化し、みんなが傷つきます。まったく同様に、IDのない人が大勢いる社会で公正な選挙を、民主主義的な政治を、とは無理な話なのです。

 性別違和の医学的原因を放置したまま性自認承認、IDを要するサービスから締め出したまま投票だけフリーパス。それによって、性犯罪が増え、身代わり投票や多重投票が横行してしまう。名目上の差別禁止倫理によって常識的道徳が乱される状況こそ、保守派が最も憎む事態なのです。

 貧困や精神疾患に苦しむマイノリティをいつまでも政治利用できる境遇に置いておくため、真に有効そうな解決策は潰してまわろう――リベラル陣営の個々人がそんな悪意を抱いているわけではないでしょう。しかしWhen Harry Became Sallyのような、マイノリティの立場を真剣に考えた試みが封殺されていく現状を見るにつけても、「リベラリストが反リベラル管理社会を目指している……」そう嘆きたくもなる昨今です。

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三浦俊彦教授

[4] 実際には、ID要件が最も厳格な州(インディアナ州など)でもIDのない人が投票所に来た場合は無料で投票用IDを発行したり、暫定投票を認めたりといった措置がなされてきたので、投票権に関する限りID普及は長期計画でも何でもない。
[5] アメリカの政策すべてで保守が正しくリベラルが間違っているなどと私は思っていない。たとえば銃規制や妊娠中絶については、リベラル陣営を応援したい。

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文=三浦俊彦

1959年生まれ。東京大学総合文化研究科博士課程単位取得退学。現在、東京大学文学部教授。専門は、美学・分析哲学。和洋女子大学名誉教授。著書に『バートランド・ラッセル 反核の論理学者:私は如何にして水爆を愛するのをやめたか』 (学芸みらい社、2019年)、『エンドレスエイトの驚愕: ハルヒ@人間原理を考える』(春秋社、2018年)、『改訂版 可能世界の哲学――「存在」と「自己」を考える』(二見文庫、2017年)など。
Twitter:@tmiura_bot

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