地下134メートルの暗闇で“時間の真実”に迫った地質学者「ミシェル・シフレ」の挑戦

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 時間は誰にとっても平等に流れていると思われているが、本当にそうだろうか? 1972年、フランスの地質学者ミシェル・シフレは、地下約134メートルの洞窟に単身で潜り、自然光も時計もない環境で6ヶ月間を過ごした。彼はこの実験を通して、人間の時間感覚がいかに外部環境に影響されるのかを明らかにしたのだ。

洞窟での過酷な実験生活

 シフレはもともと、1961年にアルプス山脈で発見した地下氷河の調査を行うため、15日間の予定で洞窟に滞在する計画を立てていた。しかし、より深く洞窟の環境を理解するため、2ヶ月間にわたり、時計もカレンダーも太陽光もない環境で、動物のように生活することを決意する。

 洞窟の入り口には調査チームを配置し、シフレが起床、食事、就寝の時間帯を記録させた。ただし、外部との接触は一切禁じられ、シフレは外部の世界が何時であるかを知る術はなかった。

 この実験を通して、シフレは人間の体内時計の存在を明らかにした。彼は1922年から知られていたネズミの体内時計と同様に、人間にも体内時計が備わっており、外部環境の影響を受けずに時間感覚を刻むことができるのではないかと考えたのだ。

 実験中の生活は決して快適なものではなかった。設備は貧弱で、居住空間も狭く、足元は常に湿っぽく、体温は34℃まで低下した。彼は読書や執筆、研究を行いながら、孤独と退屈な時間に耐えたという。

ミシェル・シフレ By JYB DevotOwn work, CC BY-SA 4.0, Link

時間感覚の歪み:2ヶ月が1ヶ月のように感じられた

 シフレは、7月16日に洞窟に入り、9月14日に地上に戻る予定だった。しかし、実際に地上に戻った日、彼はまだ8月20日だと勘違いしていたという。2ヶ月間もの間、外界との接触を絶っていたことで、彼自身の時間感覚は大きく歪んでしまっていたのだ。

 彼はこの現象について「暗闇に包まれると、人間の記憶は時間を正確に捉えることができなくなる。まるで一日中が夜であるかのように、時間の流れが曖昧になってしまうのだ」と説明している。

人間の限界への挑戦:48時間周期の生活サイクル

 さらに、シフレは自身の睡眠覚醒サイクルにも変化が現れたことを報告している。驚くべきことに、彼の体内時計は、一般的な24時間周期ではなく、約24時間30分周期で動作するようになったのだ。

 その後、他の被験者を用いた実験でも同様の結果が得られ、中には48時間周期のサイクルで生活する者も現れた。彼らは、36時間の活動時間の後、12~14時間の睡眠をとるというサイクルを繰り返していたという。

 この発見は、兵士の活動時間を延長させる方法を模索していたフランス軍の関心を集め、シフレの研究は多大な資金援助を受けることになる。

時間と人間の関係:宇宙空間での生活を見据えて

 シフレは、その後も、老化が時間感覚に与える影響などを調べるため、1972年にも再び地下での実験に挑んでいる。

 1962年の実験当時、世界はキューバ危機やユーリ・ガガーリンの宇宙飛行など、緊張と興奮に包まれていた。冷戦の真っただ中、核シェルターへの関心が高まる一方で、宇宙空間における人間の睡眠サイクルについては、ほとんど知られていなかった。

 アメリカとソ連が宇宙開発競争を繰り広げ、フランスも原子力潜水艦計画を進める中、シフレの研究は、極限環境における人間の適応能力を探る上で、重要な意味を持つようになったのだ。

 晩年のシフレは、2000年のミレニアムを記念して、再びフランス南部の洞窟で2ヶ月間を過ごした。77歳で宇宙に旅立ったジョン・グレンに触発されたという。

 時間とは何か? それは宇宙の真理の一つでありながら、人間にとっては未だ解明されていない謎である。シフレは、2024年8月25日、85年の生涯を閉じた。彼は、時間生物学という新たな研究分野を切り開き、人間の時間感覚の謎に挑み続けた先駆者として、歴史に名を刻んだ。

 もしかしたら我々は「時間」という概念に知らず知らずのうちに囚われているのかもしれない。

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