「ノアの方舟の謎」古代文献に描かれた不思議な形状、ただの“浮かぶ箱”だった?
ノアの方舟は、旧約聖書「創世記」に登場する巨大な船であり、大洪水からノアとその家族、そして地上のあらゆる動物を救うために建造されたとされる。この伝説は、世界各地の洪水神話と類似しており、メソポタミアの『ギルガメシュ叙事詩』にも同様の物語が見られる。しかし、聖書や古代文献に記された方舟の形状は、現代の船舶設計とは大きく異なり、航行が可能だったのかどうかさえ疑問視されている。ノアの方舟の正体とは――。
ノアの方舟の奇妙なデザイン
ノアの方舟は、多くの古代のイラストでは、丸みを帯びた船体を持ち、船首と船尾が明確に分かれ、船底には竜骨が通っている形状で描かれている。また、甲板全体を覆う独特の構造の小屋が存在する。しかし、これらの描写は中世ヨーロッパの船のデザインを基にした創作にすぎないと考えられており、実際にどのような形だったのかについては明確な証拠が存在しない。
歴史的な文献には、ノアの方舟についての二つの異なる記述が残されている。しかし、どちらの説明も現代の造船技術の観点から見れば、航行に適さない設計となっている点が興味深い。
聖書とシュメールの記述の相違
旧約聖書の創世記では、ノアの方舟は「箱」のように記述されている。直線的な側面を持ち、船首や竜骨がない長方形の構造だ。この点について、歴史家は「方舟」という言葉の由来に注目している。ヘブライ語で「箱舟(方舟)(テバ)」は「箱」や「容器」を意味し、これはヘブライ人が海洋民族ではなく、船舶や航海技術に関する知識が乏しかったことを反映している可能性がある。
一方、メソポタミアのシュメール神話における洪水伝説では、方舟は「立方体」として描かれている。シュメール人やその後継者たちは造船技術に優れ、多くの都市が海に面していたにもかかわらず、彼らの記述する方舟が「箱」や「立方体」であることは不可解である。シュメールの港には巨大な船が停泊していた記録もあるため、航行に適さない形の方舟を設計したとは考えにくい。
旧約聖書では、ノアの方舟について以下のように記述されている。
「あなたのためにゴフェルの木で方舟を作り、内部と外部をタールで覆いなさい。その長さは300キュビト(約162メートル)、幅は50キュビト(約27メートル)、高さは30キュビト(約16メートル)である。方舟には窓を設け、1キュビトの幅で仕上げ、側面に扉を作り、下・中・上の三階建てにせよ」(創世記 6:14-16)
この記述によれば、ノアの方舟は長方形の「箱」であり、竜骨や船首を持たないため、嵐の中では容易に翻弄され、大破する可能性が高かったと考えられる。
ノアの方舟は「船」だったのか?
もし旧約聖書の記述が正しければ、この「箱」は嵐の海で激しく揺さぶられ、乗員や動物たちは大きな危険に晒されたはずである。そのため、一部の研究者は、当時のヘブライの記録者たちが「箱」という表現を選んだのは、海洋民族でなかったために船を正確に記述する言葉を持たなかったからではないかと考えている。
さらに、方舟が作られたとされる「ゴフェルの木」についても謎が残る。この木の名称は他の古代文献には見られず、シュメール語やアッカド語にも対応する言葉が存在しないため、実際にどのような材料で作られたのかは不明である。一部の研究者は、「ゴフェルの木」とは特殊な防水加工を施した木材や、木材以外の未知の素材を指していた可能性を指摘している。
洪水伝説の起源とノアの方舟の正体
ノアの大洪水の物語は、メソポタミアをはじめ世界各地の神話や伝承に類似した話が存在している。その最も有名な例が、紀元前2000年頃に記されたとされるシュメールの『ギルガメシュ叙事詩』である。この物語では、ウトナピシュティムという人物が神々の命令で巨大な船を建造し、大洪水から生き延びたとされている。
歴史家によれば、旧約聖書の創世記の最も古い部分は紀元前1000年以前には書かれていなかったとされており、それ以前にシュメールやアッカドを通じてメソポタミアから伝わった洪水伝説を改変した可能性があるという。これが、旧約聖書の内容が後世にわたって何度も書き換えられ、洪水伝説が変化していった理由の一つと考えられている。
ノアの方舟は本当に船だったのか?
古代文献におけるノアの方舟の描写には、多くの謎が残る。それは果たして嵐の海を航行できる「船」だったのか、それとも単に大洪水を耐え抜くための「浮かぶ箱」だったのか。あるいは、この物語そのものが後世の編集や改変を経て生まれたものなのか。
この謎は、単なる神話の一部として片付けるにはあまりに興味深い要素を持っている。ノアの方舟は、実際に存在したのか、それとも単なる寓話なのか——答えを見つけるには、さらなる研究が必要となるだろう。
参考:The Ancient Code、ほか
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