精神医学史上、最も悪名高き手術「ロボトミー」― その“狂気”と“悲劇”の全貌

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 20世紀初頭の精神科病院は、静かな絶望に満ちていた。過密状態、深刻な人手不足、そして効果的な治療法の欠如。患者たちは、施設という名の牢獄で、病状をさらに悪化させていくしかなかった。

 この暗闇の中に、一つの画期的な「奇跡の治療法」として登場したのが、「ロボトミー」手術である。しかし、その実態は、の神経線維を物理的に切断するという、あまりに野蛮な外科手術であった。

「精神外科」とも呼ばれたこの手術は、多くの人々の人生を破壊し、心を奪い去った。現代医学史における最も暗い一章、「ロボトミー」の驚愕すべき詳細を紹介しよう。

“虐殺”に与えられたノーベル賞

 ロボトミーは、ある日突然生まれたわけではない。1935年、ポルトガルの神経科医アントニオ・エガス・モニスは、頭蓋骨に穴を開け、アルコールを注入して脳の神経線維を破壊する「ロイコトミー」という手法を開発した。

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アントニオ・エガス・モニス Egas Moniz: 90 Years (1927–2017) from Cerebral Angiography. Front. Neuroanat. 11:81. doi: 10.3389/fnana.2017.00081, Public Domain, Link

「固定観念」を断ち切り、精神的な苦痛を和らげる方法として発表されたこの手術は、国際的な注目を集めた。そして最も衝撃的だったのは、1949年、モニスがこの功績によりノーベル生理学・医学賞を受賞したことである。ノーベル賞という権威が、この手術に科学的な正当性を与え、その後の爆発的な普及に拍車をかけたのだ。皮肉なことに、モニス自身は後に、彼が治療した精神病患者の一人に撃たれ、半身不随となっている。

精神を突き刺した“アイスピック”

 ロボトミーの歴史において、最も悪名高い人物が、アメリカの医師ウォルター・フリーマンである。彼は、より手軽で効率的な手術法を求め、イタリアの医師に着想を得て、「経眼窩ロボトミー」を考案した。

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ウォルター・フリーマン By Photography Harris A Ewing – Saturday Evening Post, 24 May 1941, pages 18-19, Public Domain, Link

 その手法は、ぞっとするほど単純であった。彼は、「オービトクラスト」と名付けたアイスピック状の器具を患者のまぶたの下から眼窩に挿入し、金槌で叩いて薄い骨を突き破る。そして、脳内で器具を前後に動かし、神経接続を断ち切るのだ。

 この「アイスピック・ロボトミー」は、専門的な脳外科手術を、粗野な「オフィスでの処置」へと変貌させた。フリーマンは生涯で4000件以上のロボトミーを自ら執刀。時には両目に同時にオービトクラストを突き立てるという、同僚さえも戦慄させるパフォーマンスを披露した。

反抗的な若者からうつ病患者まで、誰もが“候補者”だった

 ロボトミーは当初、重度の精神病患者のための治療法として提案された。しかし、その適用範囲は瞬く間に制御不能なほど拡大していく。

 強迫性障害、重度のうつ病、さらには慢性的な痛みまで、精神疾患ですらない症状にまで用いられた。反抗的なティーンエイジャー、知的障害を持つ子供、そして単に「扱いが難しい」と見なされた人々も、次々と手術台へと送られたのである。

 ロボトミーの目的は、治療ではなく「鎮静」であった。興奮し、苦悩する人々を、従順で無気力な、かつての面影もない抜け殻に変えること。過密状態の精神病院を管理しやすくするための、あまりに非人道的な“解決策”だったのだ。1940年代後半までに、アメリカだけで4万人以上がこの手術を受け、その中には12歳の子供さえも含まれていた。

ケネディ家の悲劇―奪われたローズマリーの人生

 最も悲劇的で、有名な犠牲者の一人が、ジョン・F・ケネディの妹、ローズマリー・ケネディである。軽度の知的障害と気分のむらを抱えていた彼女に対し、一家の政治的評判に傷がつくことを恐れた父ジョセフは、1941年、23歳の彼女にロボトミー手術を受けさせることを決定した。

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ローズマリー・ケネディ Angus McBean – London, Rosemary Kennedy, portrait photographs, 1938: June | JFK Library, パブリック・ドメイン, リンクによる

 手術中、彼女は意識を保ったまま歌を歌わされ、医師たちは彼女の言葉が支離滅裂になるまで脳を切り刻み続けた。結果は悲惨であった。ローズマリーは重度の認知障害を負い、まともに話すことも歩くこともできなくなった。

 彼女の存在はその後、何十年もの間、世間から隠され、施設で静かに余生を過ごした。彼女の悲劇が、後に姉のユーニス・ケネディ・シュライバーをスペシャルオリンピックスの創設へと駆り立てたことが、唯一の救いである。

死よりも残酷な副作用と、消し去られた“自己”

 ロボトミーの最も悲劇的な点は、肉体的な危害だけでなく、個人の「アイデンティティ」そのものを破壊することにあった。

 手術を受けた患者は、無気力で受動的になり、感情の起伏を失った。慢性的な頭痛やてんかん発作に苦しみ、食事や排泄といった基本的な生活動作さえも、再び教え直さなければならないケースも多かった。手術による直接の死亡率も約5%と推定されている。

 ある患者は、術後に姉に向かってこう言ったという。「私は、空っぽの器になった」。

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 ロボトミーは治療ではなかった。それは、魂の外科的な抹殺であり、一人の人間がその人であることの本質を永久に奪い去る行為だったのである。

 1950年代に入り、より安全で効果的な抗精神病薬が登場すると、ロボトミーの人気は急速に衰退。野蛮な治療法として、歴史の闇に葬られていった。しかし、その狂気がまかり通っていた時代があったという事実は、医学が倫理を忘れた時に何が起こるかという、決して忘れてはならない教訓として、今も我々に重くのしかかっている。

参考:Listverse、ほか

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文=深森慎太郎

人体の神秘や宇宙の謎が好きなライター。未知の領域に踏み込むことで、日常の枠を超えた視点を提供することを目指す。

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