イースター島で発見された“奇跡の薬”、その裏に隠された科学植民地主義の”不都合な歴史”

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Image by SoniaJane from Pixabay

 がん、糖尿病、神経変性疾患、そして「老化」そのものまで――。ラパマイシンと名付けられたこの薬は、様々な疾患を治療する可能性を秘めた“奇跡の薬”として、科学界の大きな注目を集めている。医学論文データベースで検索すれば、5万9000件以上もの論文がヒットするほどだ。

 この薬は、1964年にイースター島(ラパ・ヌイ)の土壌から発見された細菌によって産生される抗生物質である。しかし、この数十億ドル規模のサクセスストーリーの裏には、これまでほとんど語られてこなかった、不都合な歴史が隠されていた。

“奇跡の薬”ラパマイシンの力

 ラパマイシンの力の源は、「TOR」と呼ばれるタンパク質の働きを阻害する能力にある。TORは、細胞の成長と代謝を司る、いわば“マスター制御装置”だ。細胞が栄養やストレスにどう反応するかをコントロールし、タンパク質の合成や免疫機能といった、生命の根幹に関わるプロセスに影響を与える。

 がんや代謝異常、加齢に伴う疾患の多くは、このTORの誤作動と関連しているため、その働きを抑えるラパマイシンが、幅広い疾患への効果を期待されているのだ。当初は、臓器移植後の拒絶反応を防ぐ免疫抑制剤として開発されたが、その用途は今や、アンチエイジングの分野にまで広がろうとしている。

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シロリムス(ラパマイシン)の構造図 Fvasconcellos投稿者自身による著作物, パブリック・ドメイン, リンクによる

「生ける実験室」としてのイースター島

 ラパマイシン発見の物語は、1964年にカナダが主導した「イースター島医学調査隊(METEI)」に端を発する。

 外科医と細菌学者が率いるこの調査隊の目的は、「孤立した集団が、環境ストレスにどのように適応するか」を研究することであった。当時、イースター島に国際空港が建設される計画があり、研究者たちは、外部との接触が増えることで、島民の健康状態がどう変化するかを調査する、またとない機会だと考えたのだ。

 世界保健機関(WHO)からの資金援助と、カナダ海軍の兵站支援を受け、調査隊は1964年12月にラパ・ヌイに到着。3ヶ月にわたり、当時1000人近くいた島民のほぼ全員に身体検査を行い、血液や尿などの生体サンプルを収集。そして、島の動植物や土壌を、体系的に調査した。

 ラパマイシンを産生する細菌が含まれていた土壌サンプルは、この時に収集された200以上のサンプルの一つであった。

科学の名の下の“植民地主義”

 しかし、この調査の根底には深刻な倫理的問題が存在した。調査隊の第一の目的は、ラパ・ヌイの人々を、一種の「生ける実験室」として研究することであったのだ。

 彼らは贈り物や食料を提供することで参加を促し、時には島に長年住んでいた神父を利用して、半ば強制的に協力を求めた。研究者たちの意図は高潔だったかもしれないが、これは、白人の研究者チームが、非白人の被験者の同意や意見なしに研究を行う「科学植民地主義」の一例である。

 研究の前提にも大きな誤りがあった。調査隊は、ラパ・ヌイの人々が外部から比較的隔離された、遺伝的に均質な集団であると仮定していた。しかし、実際には、1700年代初頭から、島は外部の世界と長い交流の歴史を持っていた。さらに、島の住民はポリネシアと南米の祖先を持つ混血であり、奴隷貿易の生存者が持ち込んだ天然痘などの病気にも苦しめられてきた。

 この誤算は、研究の主要な目的の一つであった「遺伝が病気のリスクにどう影響するか」を評価することを根本的に不可能にした。

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忘れ去られた発見者と、先住民への“借り”

 ラパマイシンの起源の物語から、発見に関わった重要な人物の名が、意図的にか、あるいは無意識にか、抜け落ちている。

 ラパ・ヌイから土壌サンプルを持ち帰った細菌学者ジョルジュ・ノグラディ、そして調査隊METEIそのものの功績は、ラパマイシンを最終的に製品化した科学者の画期的な論文の中で、一度も言及されることはなかった。

 ラパマイシンの複雑な遺産を掘り起こすことは、我々に重要な問いを投げかける。生物医学研究における体系的な偏見、そして、製薬会社が、その大ヒット商品の源泉となった先住民の土地に対して、どのような責任を負うべきなのか、という問いである。

 どんな偉大な発見も、その起源をたどれば、名もなき人々の協力や忘れ去られた土地の恵みに行き着く。我々は、その事実にもっと敬意を払うべきなのかもしれない。

参考:ZME Science、ほか

TOCANA編集部

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