1631年、イエズス会が「UFOの離陸」を記録していた!? パラグアイの古文書が明かす、400年前の“満月のような発光体”の正体

南米パラグアイの密林地帯に、約400年前の宣教師たちが書き残した奇妙な空の記録が今、UFO研究者たちの間で再注目を集めている。
イエズス会がグアラニー族と共に築いた開拓地の教会文書には、1631年8月10日の晩に目撃された謎の発光体についての詳細な記述が残されていた。
スペインの民間UFO研究機関「イスパニック・ユーフォロジー研究所(IHU)」が、チリの調査団体IIEEの資料をもとに機関誌でこの文書を紹介したところ、その正体をめぐって議論が再燃している。
グアラニー族とイエズス会が築いた”もう一つの社会”
舞台となったのは17世紀初頭のパラグアイ。イエズス会はスペイン植民者やポルトガル人奴隷狩り集団の搾取からグアラニー族を守るため、「レドゥクシオン」と呼ばれる独自の共同体を各地に築いていった。
1607年頃に始まったこの取り組みは、フランシスコ会が引き継いでいた過酷な「エンコミエンダ制」(先住民を労働力として管理する植民地制度)に対抗する、当時としては革新的な社会実験だった。
このレドゥクシオンの一つ「サン・イグナシオ・デ・イパネ」伝道所こそが、今回の記録の舞台となった場所だ。現在のミシオネス州、ブラジルとパラグアイの国境地帯に位置する。
「満月のような光球」が夜空を切り裂いた一夜
イエズス会の記録文書には、次のような出来事が記されていたという。
1631年8月10日の午後6時から7時のあいだ、東の空に異様な大きさの発光する球体が現れた。物体は急ぐことなく、ゆっくりと集落の上空を移動し、その様子はまるで満月のようだったと描写されている。
やがて物体は東方に向けて大量の火花のようなものをまき散らし、西の地平線に到達する頃には強烈な光を放って輝いたのち、暗く沈んだという。
そして「クレド(信仰宣言の祈り)を一つ唱える程度の時間」が経過した後、雷鳴のような激しい爆発音が響いたと文書は伝えている。宗教的な時間の数え方で経過時間を表現しているあたりに、17世紀の記録らしい生々しさがある。

隕石の名所「天の野」至近、それでも拭えぬ違和感
イパネ伝道所から数キロの距離には、チャコ州の「カンポ・デル・シエロ(天の野)」と呼ばれる一帯が存在する。かつて大量の隕石が降り注いだことで知られる、南米有数の隕石落下地帯だ。
立地だけを見れば、目撃された発光体を巨大な火球(隕石が大気圏で燃え尽きる現象)とみなすのは自然な発想だろう。
しかし、この文書を一語一語分析したアルゼンチンの研究者アントニオ・ラス・エラス氏は、単純な隕石説には疑問を投げかけている。文書にある「東の空に昇っていくのが見られた」という一文は、物体が「高度を上げていった」ようにも読める表現だという。
隕石であれば通常、空を落下しながら燃え尽きるはずだ。ところが記録は、物体が地上付近から上昇していくかのような動きを示唆している。もしこの解釈が正しければ、この一件は南米で記録された、物体が地表から「離陸」する様子の最古級の証言ということになるかもしれない。
この記録を残した宣教師たちに、UFOという概念があったはずもない。彼らはただ、教区で実際に起きた出来事を見たままの言葉で書き留めただけだろう。
だが、隕石地帯のすぐそばゆえに「よくある火球だろう」で片付けられそうになる一方、文言を丁寧に読み解くほど説明は心もとなくなっていく——約400年前、南米の伝道所の空に、いったい何が浮かんでいたのだろうか。
参考:Inexplicata-The Journal of Hispanic Ufology、ほか
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2024.10.02 20:00心霊1631年、イエズス会が「UFOの離陸」を記録していた!? パラグアイの古文書が明かす、400年前の“満月のような発光体”の正体のページです。UFO、パラグアイ、イエズス会、UAPなどの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで
