7歳で山に取り残され、狼に育てられた″スペインのモーグリ”が80歳で死去「一番幸せだったのは狼と暮らした12年間」

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 1965年、スペイン南部に広がるシエラ・モレナ山脈を捜索していた治安警備隊の隊員たちの前に、茂みをかき分けて四つん這いの若者が姿を現した。

 裸のまま、履物もなく、足の裏は分厚いタコに覆われている。問いかけへの返答は言葉ではなく、喉の奥から漏れる唸り声だけだった。

 彼の名はマルコス・ロドリゲス・パントーハ、当時19歳。人間社会から切り離されたまま、12年間を山の中だけで生き抜いた青年だった。

 後に「スペインのモーグリ」と呼ばれることになる彼は、2026年8月15日、スペイン北部オウレンセ県で80年の生涯を閉じた。生涯を通じて彼が「人生で最も幸せだった時期」として語り続けたのは、狼の群れとともに過ごしたあの12年間だった。

7歳で山に取り残された少年に、母狼が肉を差し出した

 彼の物語は、家庭の崩壊から始まっている。3歳で母を亡くし、父が再婚した後、継母から過酷な扱いを受けたと本人は語っている。

 養う口が多すぎたことから、1954年、彼は山羊飼いとして山へ送られる。シエラ・モレナで彼を迎えた老人が、火の起こし方や道具の作り方を教えてくれたという。

 だがその老人は、彼が7歳のときに世を去る。少年は広大な山中に、たった一人で残された。

 生き延びる術を教えたのは動物たちだった。どの木の実や根なら食べられるのか、彼は彼らの食事を観察して学んだという。

 決定的だったのは、一頭の母狼との遭遇である。子狼たちに肉を与えていた母狼が、彼のほうにも一切れを寄こした。襲われると思って手を出せずにいると、狼は鼻先で肉を押しつけ、やがて彼の体を舐めたという。

 その瞬間から自分は群れの一員になったのだと、彼は2013年に受けたインタビューで振り返っている。山羊の乳を分け与えていた蛇も、彼のあとをついて回る「連れ」だったという。

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画像は「Daily Mail」より

唸り、噛みつきながら山を下ろされた「保護」

 1965年、ついに治安警備隊に発見されるが、その保護は穏やかなものではなかった。彼は狼のように吠え、噛みつき、抵抗したため、拘束されたうえ力ずくで山から連れ出されたと伝えられている。

 本人にとって、文明社会への帰還は生涯で最も恐ろしい経験だった。まず送られた施設では、修道女たちから背筋を伸ばして歩くこと、食卓につくこと、そして言葉を話すことを一から教え直された。

 食器の使い方は分からず、四つん這いのほうが楽だった。足裏の分厚いタコを切除された後は、しばらく車椅子での生活を強いられた。初めての散髪では、剃刀で喉を切られるのではないかと怯えたという。

 車の走行音も雑踏のざわめきも恐怖の対象で、ベッドで眠ることを拒んで修道女たちと衝突したこともあったという。

 その後マヨルカ島に移って働き始めたが、適応は最後まで難航した。借りたアパートでは、床に毛布を積み上げてその上で寝ていたという。

 兵役を終え、羊飼いや接客業に従事したものの、金銭や社会の仕組みに関する知識が乏しかったため、知人に経済的に食い物にされたと本人は主張している。2018年のインタビューでは、人間という存在に失望した、社会を離れたいという趣旨の言葉を残している。

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画像は「Daily Mail」より

洞窟は別荘に変わり、狼はもう近づいてこなかった

 やがて彼は、故郷である山へ戻ろうとした。しかしそこは、記憶の中の場所とはまるで違っていた。

 かつて寝床にしていた洞窟のあたりには別荘が建ち、電動ゲートが据えられていた。人の暮らしが、山の奥まで押し寄せていたのだ。

 そして何より、狼たちが彼を受け入れなかった。すぐそこにいる気配は感じるし、荒い息づかいまで聞こえてくる。それでも姿は容易に見せず、呼びかけても近づいてはこない。

 自分からは人間の匂いがする、コロンの匂いがするからだと、彼は説明していた。

 彼の半生は繰り返し記録され、2010年にはヘラルド・オリバレス監督の手で映画『Among Wolves(原題:Entrelobos)』として作品化されている。

 野生児の事例は、人間の言語習得や社会性の起源をめぐる科学的関心の的となってきた。だが本人が語り続けたのは、学術的な意義ではなく、群れに受け入れられたあの日の記憶だった。

 文明に戻された彼が、生涯にわたって帰りたがっていた場所は山だった。だが山はもう彼を覚えておらず、彼の体には人間の匂いが染みついていた。

 どちらにも属せないまま80年を生きた男が最後に見ていた景色は、はたして別荘の建つ現在の山だったのか、それとも母狼が肉を差し出した、あの遠い日の夕暮れだったのだろうか。

参考:Daily Mail、ほか

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