>  >  > 異様な冷気! 吉見百穴、もうひとつの顔

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 前回、ヒカリゴケの自生とコロポックル説という、ふたつの「奇妙な北海道と縁」についてご紹介した吉見百穴(埼玉県)。しかしこの地には、もうひとつ別の顔が存在している。それは、今なお残る太平洋戦争時の忌まわしき爪痕、すなわち戦史遺構としての側面だ。

 実は前回ご紹介した集合墳墓跡と思しき横穴群とは別に、この一帯には、大規模な掘削痕が存在する。これらのトンネルは、かつてこの地に計画されようとしていた巨大な軍需工場の痕跡だ。

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■ただひたすら暗い闇が広がる軍需工場跡

 当時の史料を確認するとわかることだが、今を遡ること約80年前の太平洋戦争時、この地には、隼などの戦闘機を作り出した日本有数の航空機メーカー・中島飛行機が、岩山の最下部に直径3メートルほどのトンネル網の掘削に着手。軍需工場の建設を行おうとした記録が残されているという。

 現在、文化財として保存されている工場跡のトンネル内へと足を踏み入れると、その内部は、満足な建機もない状態で素彫りされた痕跡が、今なお、その内壁に刻まれていることが確認できる。その奥にはただひたすらに薄暗い闇の空間が広がっており、所々に設置された照明によって、ゆるやかに足元が照らされているという状態だ。

コメント

3:見学しました。2017年11月 9日 08:37 | 返信

確かに吉見百穴の中に基地跡がありました。
看板があり、従事した韓国人労働者達は帰国を惜しんで桜を植林されたと書かれていました。

2:釣本直紀2016年7月13日 14:40 | 返信

嘘、大袈裟、紛らわしい見出し。
コロポックルと吉見百穴は本文にも有るが無関係なものだし、軍需工場跡は吉見百穴とは全く別の施設だ。何故わざわざ「吉見百穴」という単語を題名に冠するのか。

>そのうち何人が生きてこのトンネルの外へと出、本来あるべき日常へと戻ることができたのかは、今となっては知る由もない。
>日本人ですらろくに食う物がない時代に、単なる労働源として重用されてきた外国人労働者たちが、どのような環境下で作業に従事していたかは、殊更説明すべくもないことだろう。

記事というものはちゃんと調べてから書くべきだ。説明が面倒臭いという記者の都合を「知る由もない」「説明すべくもない」という一文で誤魔化している。
物書きとしての態度が三流。

1:釣本直紀2016年7月13日 14:39 | 返信

嘘、大袈裟、紛らわしい見出し。
コロポックルと吉見百穴は本文にも有るが無関係なものだし、軍需工場跡は吉見百穴とは全く別の施設だ。何故わざわざ「吉見百穴」という単語を題名に冠するのか。

>そのうち何人が生きてこのトンネルの外へと出、本来あるべき日常へと戻ることができたのかは、今となっては知る由もない。
>日本人ですらろくに食う物がない時代に、単なる労働源として重用されてきた外国人労働者たちが、どのような環境下で作業に従事していたかは、殊更説明すべくもないことだろう。

記事というものはちゃんと調べてから書くべきだ。説明が面倒臭いという記者の都合を「知る由もない」「説明すべくもない」という一文で誤魔化している。
物書きとしての態度が三流。

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