【教養としての神秘主義】

月にはなにが住んでいる? 『かぐや姫の物語』からはじめる東西のコスモロジーと月の価値

■月に何かが住んでいると考えていた日本

“月に仏や天女たちが住んでいる”というイメージは『竹取物語』のようなおとぎ話に馴染んでいる我々日本人だからこそ、すんなりと受け入れられるものに違いない。月に何かが住んでいるという伝承は、平安中期の天台宗の僧侶、源信が残した『三界義』に遡ることができるという。

「月の宮殿の内に三十の天子あり。十五人は青衣の天子、十五人は白衣の天子也。月の内に常に十五の天子あり。月の一日より白衣の天子一人月宮殿に入り、青衣の天子宮殿の外に出づ。是の如き次第にて十五日には唯十五の白衣の天子月の宮の中に在り。故に月円満也。十六日より三十日に至るまで、毎日白衣の天子一人去り、青衣の天子一人月宮に入る。故に月輪漸く欠減する也」(『三界義』より。原漢文を平岡隆二氏の読み下しに従い引用)

 この伝承は「暗い色の衣装を着た15人の天子と、白い色の衣装を着た15人の天子たちが、1日ごとに入れ替わりで月の宮殿に入っていくことで、月の満ち欠けを表現している」と述べている。古来の人々が夜空を見上げて、このようなファンタジーを想像し、天文現象を説明しようとしたこと自体が面白いが、同じような伝承は、16世紀に日本に渡ったイエズス会宣教師と、日本人僧侶との対話のなかにも確認できる

 その対話のなかで、月の宮殿は「玉の宮殿(たまのくでん)」と呼ばれており、非常に大きい宝石が取り付けられた透明清澄なものとされているのも興味深い。月光は、宮殿の宝石から放たれた光であり、それは天子の白衣に反射して、地上に届けられる、というイメージは『宝石の国』とも呼応するかのようだ。


■あまりにも東洋と“遠い”西洋の“月”

 昔の日本人は、月に天子が住んでいた、と信じていたが、西洋では同じような考えがあったのだろうか。ここでは、15世紀末のドイツの年代記作家、ハルトマン・シェーデルの『ニュルベルク年代記』(1493年)に収録された「想像の第7日目の図像」を取り上げよう。この図像には、中世以来発展してきたヨーロッパの宇宙観(コスモロジー)が明確に表現されているという。

月にはなにが住んでいる? 『かぐや姫の物語』からはじめる東西のコスモロジーと月の価値の画像1

 図像の中心に地球(terra)がおかれていることから、これが地動説にもとづく宇宙観を示していることはお分かりになるだろう。地球を中心に水の天球(spera aquae)、空気の天球(spera aerus)、火の天球(spera ignus)ときて(ここまでで地球も含めて、地・水・空気・火の四元素が揃う)、月の天球(spera lunae)が登場する。その外側には、水星などの惑星や、太陽、そして黄道12宮の星座が置かれ、一番外側には玉座に座った人物の周りに大勢の天使たちがひしめいている。この玉座に座る人物こそ、想像主たるデウスだ。

 近代以前のヨーロッパの宇宙観においては、このように地球からもっとも離れた天の階層に、創造主や天使たちが住むと信じられてきた。月はあくまで地球の周りをまわる天体でしかなく、天上的な存在が住む場所ではなかったのだ。もちろん、近代科学の隆盛によって、こうした宇宙観も忘れさられていったわけだが、東洋と西洋における「月」の位置づけには大きなギャップがあったと言わざるをえない。こうしたギャップが『かぐや姫の物語』が欧米に輸出されたとき、オーディエンスの理解を妨げる障害にならないと良いのだが。

【参考書籍】
平岡隆二 『南蛮系宇宙論の原典的研究』(花書院、2013年)キリシタン時代と呼ばれる16-17世紀に日本に流入したヨーロッパの天文学書やイエズス会宣教師の活動が、当時の日本の知識人に与えた衝撃や影響を明らかにした書物。今回のコスモロジーに関する記述は、本書の第1章「イエズス会の日本布教と宇宙論」を大いに参考にさせていただいた。

■カエターノ・武野・コインブラ
会社員。日本のインターネット黎明期より日記サイト・ブログを運営し、とくに有名になることなく、現職(営業系)。本業では、自社商品の販売促進や販売データ分析に従事している。

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