小5まで遊んだ友達は「幽霊」だった! 実体もあったのに…家族で体験した不気味で切ない実話怪談「2人のハルキ」
作家・川奈まり子の連載「情ノ奇譚」――恨み、妬み、嫉妬、性愛、恋慕…これまで取材した“実話怪談”の中から霊界と現世の間で渦巻く情念にまつわるエピソードを紹介する。
【四】2人のハルキ
もう20年ほど前のことになるが、鎌倉市の長谷寺を訪れたとき。一説によれば千体を超えるという水子地蔵の風車が、近づいた途端、風も無いのに一斉に回り出した。堕胎や死産の経験がなかったため、かえって不思議で、怖かった。しかし今、あのときの情景を思い浮かべると、水色の空の下、赤い風車がクルクルと回り、あたりには黄色い萩の花も咲きこぼれて、美しいものだと感じる。
亡くなった兄のことを知ったのは13歳のときだったと石田春希さんは言う。石田さんは女性だが、「ハルキ」という名前のせいでよく男性に間違えられる。
27歳になった今では自分の名前が気に入っているけれど、子供の頃は、なぜ男の子みたいな名前にしたのかと親を責めたこともあった。
「晴れに輝くと書いて《晴輝》という名前の兄がいたそうです。でも兄は生後間もなく亡くなってしまったんですって。それから1年経たずにまた妊娠したので、母は同じ名前をつけたいと思ったそうです。でも、周りじゅうから反対されて、読みは同じだけど字を変えてこの名前にしたという話です。こういうことをちゃんと聞かされたのは中学校に入学する直前の春休みで、13歳のときだった……と私は思っていますが、母によると、私が5歳のときと、小学校に入学してからも2、3回、兄のことを話そうとしたんですって。でも、私は忘れてしまったのか、それとも、《ハルくん》が本当は居ないなんて信じられなかったから、記憶から押し出してしまったのか、憶えてません」
石田さんには、物心ついた頃から10歳くらいまでよく一緒に遊んでいた幼馴染みがいた。それが《ハルくん》だ。
「うちにしょっちゅう遊びに来ていて、家族旅行で行った先や遊園地にもついてきたので、幼馴染みだと思ってました。その子の名前がハルキで、知り合ったのは4歳ぐらいのときだったかな?」
それまでにも《ハルくん》と遊んだことがあったような気がするが、はっきり思い出せないという。
「幼稚園の砂場で遊びながら名前を訊いたら、その子がハルキって答えたんですよ。私もハルキだよ、同じ名前だねって話したのを憶えてます」
石田さんは、当然、みんなにも《ハルくん》が見えるものだと思っていた。彼女にとってハルくんは、他の子たちと同じように存在した。
「ハルくんのことを人に話したことも、数えきれないくらいあります。小学校低学年まではスルーされました。私は特に舌足らずでしたから、今考えると、たいていの人は私が自分のことを《ハルくん》と呼んでるのだと誤解したみたい」
幼い石田さんが、たとえば公園で《ハルくん》とブランコをして遊んだことを誰かに話すときに、「ハルくんとブランコした」と言っても、「ハルくんて、誰?」と訊き返す人はむしろ少なく、みんな勝手に、「ハルくん、ブランコした」と聞き違えたようだ、と。
「ただし、両親はわかっていたそうです。特に母は《ハルくん》に何度か会ったことがあると、13歳のとき、兄について話すついでに、打ち明けてくれました。最初は私が赤ん坊の頃で、ベビーベッドのそばでうたたねしていたら、赤ん坊の笑い声で目が覚めて、声がした方を振り向くと、床をハイハイしてたそうなんです。自力でベッドから這い下りたのかと思って一瞬驚いたけど、ベッドを見たら私が寝てる。ハイハイしていたあたりを探してみたら、もう赤ん坊の姿は見えなかったそうです」
その後も《ハルくん》は石田さんの周りに現れた。
「父は見たことがないそうです。でも、《ハルくん》の存在は感じていて、私が《ハルくん》と遊んだと言っても、そうなんだろうなと受けとめていたって。実際、両親から《ハルくん》の存在を否定されたことがありません。母に、お祓いしようとは思わなかったの? って尋ねたら、そんなことしたら、私と《ハルくん》が可哀そうだと思ったと言ってました。両親とも、《ハルくん》は優しい子で、何も悪さをしないようだし、きっといつか満足したら成仏するのだから、それまで好きにさせておいてあげましょうと言って、水子供養もしなかったそうです」
石田さんが《ハルくん》のことを人に話さなくなったのは小3の夏だった。同級生と市民プールに行ったら、《ハルくん》も遊びに来ていたので、「ハルくーん!」と声を掛けたら、他の子たちに気味悪がられたのだという。
「そんな子いないよって。幽霊だって言われて、ショックでした。でも、気づいたら《ハルくん》はどこかに行ってしまっていて……」
それからは、《ハルくん》に会うことが滅多になくなった。
市民プールの一件の後、石田さんの心の中には、《ハルくん》は友人たちの言うとおりで幽霊かもしれないという疑いがときどき萌すようになった。しかし、その都度、本当は居ないだなんて、そんなわけがないと思い直したのだった。
「一緒にクレヨンで絵を描いたこともあったんですよ? おやつを分け合ったり、砂場で遊んだりしたことも。幽霊に砂場でトンネルが作れますか?」
けれども、次第に石田さんは成長して、賢くなっていった。10歳にもなると、《ハルくん》が普通の子供ではないと思うようになった。ひとたび気がつきはじめたら、彼には山ほどおかしな点があった。
「《ハルくん》の家がどこかもわからないし、お母さんやお父さんが夕方になると迎えにきたこともない。うちに遊びに来たときも、私と一緒に玄関から入るか、いつの間にか上がり込んでて、帰るところを見たことがないなって……」
《ハルくん》を最後に見たのは、小学校5年生のクリスマス・イブだった。
居間のクリスマスツリーを点灯したら、もみの木の向こう側に現れた。石田さんが「あっ」と声を上げると同時に、横歩きして木の陰に隠れた。このことを石田さんは両親に話さなかった。
なぜなら、《ハルくん》は幽霊か何かで、そしてそんなものが居ると信じるなんて、普通じゃないと思ったから。
石田さんの両親は、娘を観察していて、もう1年以上、彼女は《ハルくん》に会っていないようだと判断し、死んだ長男についてあらためて話すことにした。
そして、中学校の入学式の直前に、家族3人で墓参りに行ったそうだ。
「そのとき、水子供養もしました。両親とも用意周到で、私に話す前に、水子地蔵を注文したりご祈祷の予約を取ったりしてたんですよ。あと、《ハルくん》については、最近になってひとつだけ不思議なことがあって、《ハルくん》の“きかんしゃトーマス”の青いトレーナーが実家のクローゼットからひょっこり出てきたんです。一昨年、家をリフォームする準備で、片づけを手伝いに行ったときに見つけました」
7、8歳のときに、家族で富士急ハイランドに行った折に、石田さんのとお揃いで購入したものだそうだ。
「母の話では、富士急ハイランドに着いてみると思ってたより寒くて、私に買って着せようと、赤いトレーナーを売店で手に取ったら、そばに《ハルくん》が立っていたんですって。そこで、色違いで2着買って、その場で《ハルくん》にも着せてあげたそうです」
その話を聞いて、石田さんは、富士急ハイランドで“きかんしゃトーマス”の青いトレーナーを着た《ハルくん》と、“トーマスランド号”に乗った記憶を蘇らせたのだという。
「母が言うには、あの日だけは、ずっと《ハルくん》の姿が自分にも見えていた、と。トレーナーを買ってもらったことが、よっぽど嬉しかったんでしょうね」

■川奈まり子
東京都生まれ。作家。女子美術短期大学卒業後、出版社勤務、フリーライターなどを経て31歳~35歳までAV出演。2011年長編官能小説『義母の艶香』(双葉社)で小説家デビュー、2014年ホラー短編&実話怪談集『赤い地獄』(廣済堂)で怪談作家デビュー。以降、精力的に執筆活動を続け、小説、実話怪談の著書多数。近著に『迷家奇譚』(晶文社)、『実話怪談 出没地帯』(河出書房新社)、『実話奇譚 呪情』(竹書房文庫)。日本推理作家協会会員。
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