女性でも男性でもない「Xジェンダー」を確率論的に考察! 二封筒問題から考える性自認の公共性/東大教授・三浦俊彦
さて、数学者はこのパラドクスをどう解説してくれるでしょうか。だいたい次のような説明がなされるようです。「(左、右)の金額の候補は、未開封状態では無限通りあったが、開封後は(1万、2万)、(1万、5千)の二通りに絞られた。今や、この両者の事前確率を加味して再計算せねばならない」と。……それでは仰せに従い、「健康診断問題」でやった計算にならって、〈(1万、2万)である確率〉を求めましょう。
1万が見られた場合の(1万、2万)の確率=(1万、2万)でかつ1万が見られる事前確率/((1万、2万)でかつ1万が見られる事前確率+(1万、5千)でかつ1万が見られる事前確率)=[(1万、2万)の事前確率/2]/([(1万、2万)の事前確率/2]+[(1万、5千)の事前確率/2])=(1万、2万)の事前確率/([(1万、2万)の事前確率]+[(1万、5千)の事前確率])
ここで、(1万、2万)の事前確率=(1万、5千)の事前確率であれば、計算は簡単ですね。1万が見られた場合の(1万、2万)の確率=1/2です。先ほど見たとおり、交換したときの期待値は12,500円となり、交換が得、となります。
しかし、数学者はそういう計算を許しません! 開封前に(1万、2万)の確率=(1万、5千)の確率だった、と想定する根拠は何でしょうか? 無数にある金額ペアのすべてが等確率、という「無差別原理」だけです。しかし無差別原理は、この問題設定では、適用できません。なぜなら、すべての金額ペアの事前確率が等しいとしたら、各ペアの事前確率の合計が無限大になってしまうからです。これは、「排反事象の確率を足し合わせると合計は1を超えない」という原則を破っているのです。
「(1万、2万)の事前確率=(1万、5千)の事前確率」と想定すべき根拠はない、ということですね。先の計算式で、1万が見られた場合の(1万、2万)の確率=不明/(不明+不明)=不明となり、2封筒問題は、「事前確率の指定がないため、問題として不備」と判定されます。ほとんどの数学者は、(とりわけ、「定説」を語らねばならない教育的・啓蒙的な場においては)2封筒問題をそうやって片付けるのです*。
注*Michael Starbird, What Are the Chances? Probability Made Clear (The Teaching Company)が典型例
健康診断問題で、病気Kの罹患率(検査前の事前確率)がわからないと、陽性の人が病気Kである確率は計算できませんでしたよね。それと同じというわけです。
どうでしょう、数学的に潔癖なこの考え方。ここで注目したいのは、ノンバイナリー=Xジェンダーの性自認が、2封筒への数学者の態度と似ている、ということなのですが。
私たちは、物心ついて自分の社会的立場を知る以前のことに関しては、自分のジェンダーについて何の手掛かりも持っていません。文化圏ごとにジェンダーは多様ですし。自分はアマゾンのヤノマミ族に生まれたかもしれないし、グリーンランドのイヌイット、カラハリ砂漠のコイサン族、あるいはどこかのアマゾネス型性役割逆転文明に生まれたかもしれない。地球外文明、たとえばアンドロメダの雌雄同体種族に生まれたかもしれない。
そうした無数の可能性のすべてが等確率ということは不可能だから、地球上の特定文化圏のローカルなジェンダーとして自分が生まれる事前確率は、どれも不明であった。すると、自分が地球上の日本列島の令和時代の♀であることを見いだしたときに、そのデータをもとに自分が「女」である確率を例の要領で計算すると――
自分が♀として生まれた場合に「女」である確率=♀でかつ「女」の事前確率/(♀でかつ「女」の事前確率+♀でかつ「女でない」の事前確率)=[不明×不明]/(不明×不明+不明×不明)=不明
「不明」が正解となり、数学者の2封筒問題理解と一致します……。
文化的構成概念として無数の種類があるジェンダーのうち、二つだけを特権視するシスジェンダーやトランスジェンダーに比べて、Xジェンダーの感覚の方が自然である、そんな気もしますよね。……いや、はて、ほんとにそうか?
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2024.10.02 20:00心霊女性でも男性でもない「Xジェンダー」を確率論的に考察! 二封筒問題から考える性自認の公共性/東大教授・三浦俊彦のページです。数学、性別、確率、Xジェンダー、ノンバイナリー、健康診断問題、二封筒問題などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで