【ヤクザ】山口組ナンバー2高山清司が恐れられた“血も涙もない大粛清”とは!? 今後は“三つ巴の分裂”か!?

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司忍組長と高山清司若頭の六代目山口組

 六代目山口組若頭である高山清司氏が出所したことは大きく報じられているが、家父長制度を取る暴力団社会では、組長が父親であり、若頭が長男だ。

 よって、跡を継ぐのは長男である若頭なのだが、今回の六代目山口組の分裂の要因はそこにあった。たとえば政治の世界でも、片腕と言われる幹事長を、同じ派閥から出すことは暗黙の了解で御法度とされているが、六代目山口組組長に弘道会の司忍組長が就き、その若頭に同じ弘道会出身の高山清司若頭を推挙・就任させたことから分裂が始まったのだ。

 そこではいくつかの約束事も破られた。

 他の暴力団と違い、山口組では一組織一直参(直参=直系組長)が決まり事である。一つの組織からは1人の直参しか認められないのだが、高山清司氏はその1人しか認められない“直参”に上がった。それが、“かなり強引な手法”をとられたことも大きな話題となった。

 高山清司氏の略歴には「約50年前に三代目山口組系弘田組が前身」と言われている。その後、 高山は、司忍の指揮で執り行われた大日本平和会春日井支部長殺害の報復戦に加わり、懲役4年の刑を受ける。懲役を経て出所後、その功績を買われて佐々木組の若頭に就任。この時から、高山はメキメキと頭角を現し、数年後に弘田組の若頭補佐に就任。弘田組の組長が山口組と一和会に分裂する際に、一和会側に付いた弘田組組長の弘田武志氏を引退させて、弘道会と名前を改めた。

 弘道会の会長には現山口組六代目である司忍氏が就任し、大小組織が乱立していた名古屋を制圧した。

 一方、高山清司氏は、その片腕としての手腕を発揮して、弘道会の二代目会長に就任。数か月後には直参となり、二か月後には若頭補佐、同じくその二か月後には若頭に就任した。

「一組織一直参の不文律を破ったのは弘道会です。高山清司氏を弘道会の会長にして、司忍六代目は総裁に就任、しかし一組織から二人の直参はおかしいので、名前だけになっていた弘田組を復活させて、司忍は弘田組組長を名乗っていました。本当の側近だけで周りを固めたかったのでしょう」(実話誌記者)

 若頭に就任した高山清司氏は、六代目山口組組長である司忍氏が懲役に行っている間に組織を固め、強行政治を行った。六代目に批判的な組長計27人に絶縁・破門・除籍などの処分を行い組織から追い出したのだ。

 また、縦の結束を強くするため、今まで同じ直参の中では「兄弟」と呼び合う仲だったものを、「役職」の呼び方で呼ぶように改め、徹底的に組織を改革した。

「司忍六代目が就任した際は上告中だったため、懲役に行くことは確実視されていました。それ故に留守を預けるには信任している人間でないといけなかった。高山若頭は六代目が懲役に行っている間に、原点回帰を強く指示して、毎日神戸の総本部に顔を出し、直参も毎日顔を出すように厳命していました。謹慎処分などを受けた組長は、毎日総本部に顔を出し、正座もさせられていたと聞きます。それは誰が指導者なのかをわからせるための徹底した管理でした。これらに反発した大物組長、および、クーデターを企んだ直参についても厳しく大量処分したといいます。血の涙もないこの大粛清はそれはそれは恐ろしかったといいますよ。この中の一部の組長は、後の神戸山口組へ参画しています」(前出実話誌記者)

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コメント

2:匿名 2019年10月23日 15:40 | 返信

バカ者どもの意地の張り合い。

1:匿名 2019年10月22日 18:39 | 返信

ドンパチやるなら素人衆に迷惑かけないで欲しいね

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