タイムスリッパーは実在した!? リアル『JIN-仁-』としか考えれない史実が発覚! 5000人の未熟児を救った男を亜留間次郎が徹底解説!

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1909年にアメリカで開催された未熟児展示会。画像は「Wikipedia」より引用

 未熟児を見世物にすることには当時から反対意見もありましたが、人権意識が低く社会保障制度も未発達だった当時、生きられないと見捨てられていた未熟児の医療費を稼ぐには他に方法はありませんでした。

 見世物小屋に来た見物人も、最初は醜い怪物を見に来たつもりだったのに、未熟児が元気に育っていくのを見ていくうちに必死で応援するようになりました。最後には彼の見世物を笑う人間は誰も居なくなり、見物料は子供を助ける為の募金のようになり、未熟児に適切な医療を行うことは社会常識になりました。インキュベーターは多くの産婦人科や小児科で導入されるようになり、未熟児でも適切な医療が受けられるように社会全体が変わっていったのです。

 もしクーニーが居なかったら、一体何万人の未熟児が親にも医師にも見捨てられて死んでいたかわかりません。

 また、彼は母乳提供者が飲酒喫煙することの有害性を熟知していて徹底的に排除しており、看護婦にも勤務中の喫煙を厳しく禁止していました。

 今では信じがたいことですが、当時はタバコやアルコールの有害性が認識されておらず、看護婦でも医師でもタバコをくわえながら仕事をする事が普通でした。年齢制限という概念も希薄で、子供を寝かしつける為にミルクにアルコールを入れる事が”生活の知恵”として婦人雑誌に載っていたレベルの時代です。

 1940年代には未熟児に適切な医療を行うことが社会常識となり、彼の見世物小屋に子供を預ける親はいなくなりました。1942年に見世物小屋は閉館して、クーニーは1950年に貧困の中で亡くなりました。

 未熟児でも生き残れるようにと、社会常識を変えて医療制度すら変えてしまった偉人ですが、自分が不要になった社会に満足して死んでいったのか、その死に顔を知るものはいません。

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現在でもコニーアイランド遊園地には彼の写真が展示されている。画像は「Cony Island History Project」より引用

■インキュベーター発明者の謎

 1950年に貧困の中で彼が亡くなった後に、クレア・プレンティスという作家がフランスとドイツへ渡りクーニー医師がどんな人物だったのか調べました。すると、経歴は全て詐称であり、医籍にも登録されていなかったことが発覚し、世界中が驚くこととなりました。

 彼はフランスの小児科医ピエール・コンスタント・ブディンの弟子を自称していましたが、ブディンの他の弟子に聞いても誰もクーニーを知りませんでした。また、彼がアメリカに移民する時に提出した経歴は全て嘘であり、卒業したと称していた学校に行ってもそんな生徒が在籍していた記録は無く、誰も彼の事を知らなかったのです。

 さらに、出生地に行っても、彼の生まれた家も家族も親戚も存在せず、出生記録も存在せず、本当の出生地はおろか生年月日すら不明です。

 クーニーはドイツ系ユダヤ人を自称していましたが、私生活でユダヤ教の戒律を守っていた様子は無く、ユダヤ教徒だったのかどうかすらも怪しいのです。当時、ユダヤ人は独自の隔絶したコミュニティを持っていたため、ユダヤ人を自称することは経歴を隠すのに都合が良かったのかもしれません。

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