アフガン戦争は「醜く」第二次世界大戦は「美しい」理由を東大教授が解説!

ハイパースカトロジスト(超糞便学者)としても知られる稀代の哲学者・三浦俊彦(東京大学教授)が、世の中の“ウンコな正論”を哲学的直観で分析する【超スカトロジスト時評】――

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画像は「Getty Images」より

 8月21日、#TrumpWasRightと#BidenDisasterがトレンド入りしました。ツイッター社の言語規制もそこまでは手が回らなかったようです。

 アフガニスタンでのバイデン政権最大の失敗は、アメリカ軍が最新兵器を置きっぱなし同然の状態で撤退し、タリバンに戦力を与えてしまったことでしょう。醜態以外の何ものでもありません。

 アフガニスタンのこの顛末を見るにつけ感慨深いのは、戦後処理というミッションの難しさですね。バイデンは「アフガンと日本は違う」と言ったそうですが、アフガンとの比較で思い起こされるのは現在の日本よりも、敗戦後の日本です。アメリカ軍の撤退後に、いかに整然と、優美に日本政府が後を引き継いだかということ。

 そもそも第二次世界大戦全体が、史上まれに見る「美しい戦争」でした。アフガン戦争はもちろん、第一次大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争その他、前後のどの戦争に比べても、第二次大戦は姿かたちが抜群に優れているのです。

 美の最大の源は、もちろん、総力戦ならではの「構造の複雑さ」でしょう。第二次大戦は1939年9月1日にドイツのポーランド侵攻で始まったわけですが、1941年12月7日(現地時間)の真珠湾攻撃後、12月12日の閣議決定で日本政府は、遡及的に1937年7月7日の盧溝橋事件が「大東亜戦争」の開始であると再定義しました。現在、第二次大戦の国別死傷者や戦費などの統計は、1937年7月7日以降の数値が用いられるのが通例です。

 このように、元来1939年9月1日開戦だったのが、途中で2年以上も前へ変更されるという、タイムトラベルめいたワープ変形を遂げたのがあの大戦でした。この輪郭調整ゆえにというか、ヨーロッパ戦域とアジア戦域とが微妙に影響しあう平衡二層システムが構築されたのでした。美しくならないわけがありません。

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画像は「Getty Images」より

 とくに、ヨーロッパ戦域とアジア戦域のコントラストが、まるで作ったかのように鮮明でした。ヨーロッパ戦域は、目覚ましい電撃戦を何度も披露しながら、マクロな流れとしては取り立てて劇的な展開もなく終わった通常戦争。連合軍は北アフリカの辺境や東欧の僻地から独伊軍を律儀に撃破していき、くまなく押し戻していって、ドイツ政府が雲散霧消するまで続けるという、先が見えた後も漫然と続く顛末になりました。

 対してアジア戦域は、真珠湾攻撃と原爆投下という、派手な二大事件で開始と終結が彩られます。中間段階も、アメリカ軍の飛び石作戦によって、東南アジアと太平洋の島々に大量の日本軍が取り残されたまま政府が突如降伏するという、ヨーロッパとは対照的な終焉を迎えました。国が亡びるまで徹底抗戦がなされたヨーロッパ戦域と対比したとき、アジア戦域の流れはきわめてアクロバティックで効率的。「第二次世界大戦は美しい」という印象の本性は、正反対のヨーロッパ・アジア両戦域が、相互に照らし合いながら各々の属性を極端化しているコントラスト効果なのでしょう。ヨーロッパ戦域の鈍重な色彩が背景となってアジア戦域のサプライズが引き立っているとも言えるし、アジア戦域の軽快な味が地となってこそヨーロッパ戦域の重厚な展開が真に映える、とも言えます。

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