イギリスの「残酷な死刑」で命を奪われた4人 ナチスのスパイ、ヌードモデル、冤罪
・マフムード・フセイン・マッタン
マフムード・フセイン・マッタンは、カーディフで絞首刑に処された最後の人物である。ソマリア生まれの船員だった彼は、ウェールズで仕事をすることになり、そこでウェールズ人女性ローラ・ウィリアムズと結婚した。
異人種間の結婚は、町の人々を動揺させ、2人はひどい人種差別に遭った。
ある日、当時42歳で紳士服店を経営していたリリー・ボルパートが殺害される事件があった。彼女は喉を切り裂かれた後、店で血まみれで倒れているのが発見され、不当にも疑いの目はマッタンに向けられた。マッタンは事件から9日後に殺人容疑で起訴され、5カ月以内に裁判にかけられ、有罪判決が下された。
彼は当時、警官から「やってもやっていなくても、ミス・ボルパートの殺人で処刑になる」と言われ、法廷では「半文明的な野蛮人」と評された。
裁判中、検察側証人は意図的に供述内容を変え、そのことで報奨金を得たとも。マッタンは通訳の助けを借りることもできず、裁判は結論ありきで進行していった。そして、1952年9月、3児の父だったマッタンは処刑された。
妻はマッタンの無実を訴え続け、家族も彼の無実を晴らし、人道的な方法で遺体を埋葬することを望んだ。その努力が実ったのは1988年のこと。マッタンの有罪判決を再評価する権利を獲得し、45年越しに彼の有罪判決が覆された。
今月、サウスウェールズ警察署が公式にマッタンの家族に謝罪をしたが、すでに彼の妻と3人の息子は他界しており、6人の孫たちが謝罪を受けた。
参考:「Daily Star」、ほか
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2024.10.02 20:00心霊イギリスの「残酷な死刑」で命を奪われた4人 ナチスのスパイ、ヌードモデル、冤罪のページです。イギリス、処刑、スパイ、死刑などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで