【未視感】見慣れた世界が突然″初めて”に変わる「ジャメヴ」は脳の安全装置なのか

毎日握っているはずのハンドルが、ある瞬間まるで初めて触る機械のように感じられる。そんな奇妙な体験をした心理学者がいる。
初めての場所なのに「来たことがある」と感じるのがデジャヴなら、その逆、見慣れたものが急に「初めて」に感じられる現象は「ジャメヴ(未視感)」と呼ばれる。脳の誤作動にも思えるこの感覚が、実は私たちを守る仕組みかもしれないという説が浮上している。
高速道路でハンドルの操作が分からなくなった心理学教授
英スコットランドのセント・アンドルーズ大学で心理学を教えるアキラ・オコナー教授は、ある曇った日、イングランドの幹線道路M1を走行中に異変に襲われた。車の操作系が突然、まったく見知らぬものに感じられたのだという。
右手を上げて左手を下げればハンドルは左に回り、車は左へ曲がる——そんな当たり前の手順を、一つひとつ意識して考えなければならなかった。困惑した教授は車を路肩に止めた。1分もしないうちに感覚は元に戻り、無事に帰宅できたという。
ジャメヴが記憶の故障と違うのは、知識そのものは失われていない点だ。演奏中の音楽家なら、楽器の弾き方は覚えているのに、その手順への「慣れ親しんだ感覚」だけが一時的に抜け落ちる。対象は運転や演奏に限らず、知人の顔や場所、言葉でも起こりうる。疲労やストレス、側頭葉てんかんなど、脳の処理能力が落ちた状態で起こりやすいとされている。
見慣れた単語ほど「崩壊」しやすい
ジャメヴは健康な人ではデジャヴ(年に数回程度とされる)よりはるかにまれで、主観的な体験でもあるため、研究は難しい。そこでフランス・グルノーブル・アルプ大学の認知神経心理学者クリス・ムーラン教授らのチームは、意図的にジャメヴに似た感覚を起こす実験を考案した。
参加者に英単語「the」を120回書き写させ、途中で違和感を覚えたら手を止めてよいと指示したところ、55%が最後まで書き終える前にストップ。さまざまな奇妙な感覚を報告したという。日本で言う「ゲシュタルト崩壊」に近い体験だ。
さらに「door(ドア)」「money(お金)」のような日常的な単語のほうが、「sward(芝地)」「usury(高利貸し)」のような珍しい単語よりもジャメヴ的な感覚が起こりやすかった。慣れ親しんだものほど、そのつながりが外れたときの落差が大きいというわけだ。
脳の「停止ボタン」か、ただのバグか
ムーラン教授とオコナー教授は、ジャメヴは処理があまりに滑らかになりすぎたときに鳴る警報であり、単調な繰り返しから意識を引き戻す役割を持つのではないかと論じている。注意を必要な場所へ向け続けるには、脳が柔軟でなければならないからだ。
デジャヴにも、記憶と現実のずれを知らせる「ファクトチェック」機能だという説がある。ジャメヴもまた、生物としての安全網なのかもしれない。
もっとも、オコナー教授は脳の停止装置という見方は直感的に納得できるとしつつ、「進化的」という言葉はあえて挑発的に使ったもので、裏付ける証拠も否定する証拠も今のところないと認めている。ムーラン教授も、めったに起こらないことから意味のない不具合にすぎない可能性もあるとの見方を示す。
手がかりはある。側頭葉てんかんの患者に多いことから、記憶処理を担う側頭葉との関わりが疑われているのだ。2017年に科学誌『Nature Neuroscience』に掲載されたマサチューセッツ大学医学部の研究では、マウス実験により、中脳の「脚間核」が、新しさを伝える腹側被蓋野と、なじみ深さを伝える内側手綱核からの信号を天秤にかけ、「初めてか、知っているか」を判定している可能性が示された。この天秤が狂った瞬間がジャメヴなのかもしれない。
ムーラン教授は、たとえ単なる奇妙な癖だったとしても、それは心の仕組みを教えてくれる癖だと語る。見慣れた景色がふと他人の顔をするあの一瞬、脳の奥では私たちの知らない安全装置が作動しているのかもしれない。
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