「トリノの聖骸布」はやはりフェイクなのか!? 槍で突かれた脇腹から流れるイエスの血が… 最新“血痕分析”の結果がヤバすぎる!

 イエス・キリストが磔にされ亡くなった後、その遺体を包んだとされる布が「トリノの聖骸布(せいがいふ)」だ――。


■“トリノの聖骸布”は本物なのか?

 トリノの聖骸布は、4.4×1.1メートルの象牙色の亜麻布の上に、身長180センチの痩せた男性の全身像の痕跡がうつり、頭部や手首、足、脇腹部分に血痕が残っているものだ。

「トリノの聖骸布」はやはりフェイクなのか!? 槍で突かれた脇腹から流れるイエスの血が… 最新血痕分析の結果がヤバすぎる!の画像1トリノの聖骸布 画像は「Wikipedia」より

 14世紀半ばに発見され、いくつかの所有者や保管場所の変換を経て1578年にトリノへと移動された。

 聖書にはイエスが鞭打たれ、両手・両膝に釘を打たれて磔にされ、その死を確かめるために更に胸の右側を槍で突かれ……と、その死亡時の詳細な記述があり(ヨハネ19・1他)、上等な亜麻布に包まれたとされている(ルカ23・52)ことから、聖骸布はキリスト教徒にとって非常に重要な聖遺物のひとつである。

 イエスの体が亜麻布に包まれた後の3日以内に血が流れ落ち布に染み込んだ、とも言われているが、その真偽をめぐっては過去には幾度となく激論が交わされてきた。

 背景には過去数十年の間に鑑定が数回行われているが、それにもかかわらずなんとも不確かで混乱する結果となってしまうことが続いている。例えば布の赤いしみは酸化鉄を含んでいるが、それが顔料なのか血液なのかは科学的な分析でもまだはっきりと判断が下せていない。

「トリノの聖骸布」はやはりフェイクなのか!? 槍で突かれた脇腹から流れるイエスの血が… 最新血痕分析の結果がヤバすぎる!の画像2キリストの頭部部分 画像は「Wikipedia」より

 一方で1988年に考古学などで資料年代推定に用いられる放射性炭素年代測定が行われた結果では、布自体の織布期は1260年~1390年の間の中世であると推定されている(測定方法に疑問が残るとしてヴァチカンは否定)。

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