次々と人が死ぬ団地の隣人にまつわる超怖い話 ー 川奈まり子の怪談『隣人たち』

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画像は「Getty Images」より引用

「マツモトさんが襲ってくる! 怖いよう! 敏則、なんとかしてぇ!」

 母も敏則さんと一緒に警察の事情聴取を受けた。それだけではなく、マツモト老人の遺体も、はからずも見てしまっていた。それなのに……。

「何を言うてるんや、かあちゃん! マツモトは死んだやんか!」

「でも、いてる! このうちに入ってきて、うちを脅しつけるんや! さっきまで来とったもの!」

 明くる朝になっても、母はマツモト老人の影に怯えていた。そして夜になると、また「マツモトさんが来はる!」と騒ぎだした。

 敏則さんには何も見えなかったが、母にはマツモト老人の姿が見えるようで、空中を指差して「そこに!」と叫ぶ。

 なだめて蒲団に入らせても一睡もせず、ガタガタ震えているばかり。

「……辛かったですよ。それまでは元気だった母が、食事も取らないし眠りもしないし、どんどん痩せ衰えていって、日増しに妄想が激しくなって……。ひと月ほど経った深夜、台所で物音がするので見に行ったら、母が包丁を持って立っていました。危ないから包丁を置くように言ったんですが、言うこと聞きません。

 もう、そのときは本気で母と心中しようかと思いました。それまで約1ヶ月、本当に苦しくて悩んでいましたからね、母のことで。だから、もう、いっそのこと……。包丁を取り上げて『一緒に死のう。わしもすぐに後から追いかける』と言ったんです。そうしたら、母が泣き崩れて、少し正気に戻りました。翌朝、病院の精神科に連れていって……すぐに入院させることになりました。そして今は特別養護老人ホームに入っています。

 ひとりになって暇ができたので、好きな怪談イベントに参加するようになり、川奈さんのことも知ったわけです。マツモトは幽霊になって母をいじめに出てきていたんでしょうか? それとも母の妄想でしょうか?」

「さあ……。マツモトさんに何かが取り憑いていたことが、すべての発端のような気もしますね。煙草を吸う誰かの霊につきまとわれて、精神の均衡を崩してしまっていたような……」

「そうかもしれませんよね。マツモトは、若い頃から悪いことを散々やってきたのだと吹聴していました。本当だったのかもしれません。

 ……ああ、それで、マツモトの死体が見つかる前の晩のことですが、それまでよくカンカンと鳴っていたのとは反対側の、マツモトの部屋の方角の壁がコンコンッと鳴ったんですよ。真夜中に。カンカンと釘を打つような音は、子どもの頃からずっとしていたわけですが、そのときは足音も聞こえず、いきなり、コンコンと鳴りました。

 その翌日、マツモトは死んでいるところを発見された……。そして、それっきりどちらの壁からも音はしません。きっと、何かが終わったんだと思います」

文=川奈まり子

東京都生まれ。作家。女子美術短期大学卒業後、出版社勤務、フリーライターなどを経て31歳~35歳までAV出演。2011年長編官能小説『義母の艶香』(双葉社)で小説家デビュー、2014年ホラー短編&実話怪談集『赤い地獄』(廣済堂)で怪談作家デビュー。以降、精力的に執筆活動を続け、小説、実話怪談の著書多数。近著に『迷家奇譚』(晶文社)、『実話怪談 出没地帯』(河出書房新社)、『実話奇譚 呪情』(竹書房文庫)。日本推理作家協会会員。
ツイッター:@MarikoKawana

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