戦後初「感電殺人事件」が完全犯罪になったかもしれない理由とは? “大正電殺事件”と映画検閲の意外な関係=亜留間次郎

【薬理凶室の怪人で医師免許持ちの超天才・亜留間次郎の世界征服のための科学】

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画像は「Getty Images」より

 2021年12月11日に妻を感電死させた66歳の男が逮捕され2023年7月13日に静岡地方裁判所で殺人罪で懲役15年の実刑判決が出ました。

 この事件は日本では極めて珍しい感電殺人で警察が初動捜査の段階で殺人事件だと確信を持てませんでした。

 それだけに司法解剖した医師は電極板を使った感電死による殺人事件が日本初の事例ではないかと症例報告の中で言っています。

 この事件では司法解剖した医師が法医学上の重要な事例として凶器の写真や使い方について発表しているので参照させて頂きました。

 使われた凶器は絶縁体の手袋にアルミの板を張り付けて電線を伸ばして220ボルトのブレーカーに直接繋がっていました。

 殺害方法の再現では被害者の口を右手でふさぎ、左手で被害者の両手をつかんでいた感電の跡が残っていました。

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自作の凶器(画像は「Kakimoto, Y., Ikeda, H., Matsushima, Y. et al. An instance of homicide by electrocution with hand-made electrode plates. Forensic Sci Med Pathol (2022)」より)

 現代日本で感電死する人は電気関係の仕事をしている人を除けば少ないです。

 感電事故の中でも致死的な感電の割合は2%以下で体の一部が無くなるレベルの感電でも死なないことが圧倒的多数です。

 一般家庭での感電死傷事故は2019年度から2021年度の3年間で死亡14件、負傷119件にすぎません。

 感電自殺は非常に珍しく数年に一人しか出ません。

 感電殺人となるとコレが戦後初ではないかと言われています。

 外国の事例では水を張った浴槽にむき出しの電線を入れたり、被害者を遊びだと騙して体にむき出しの電線を巻いて殺害したり、ぬれタオルを巻いたりと何種類かの方法はありましたが、手間をかけて電極板の絶縁手袋を自作して殺人に及んだ事例は初めてだそうです。

 この事件では犯人が電極板を現場から隠したため、警察は初動捜査で殺人と断定できませんでした。

 感電死は体のどこかに感電した跡が見つからないと心不全と区別するのが困難です。

 感電死した死体が見つかると、心臓麻痺などの病死が先に来てしまいます。感電死だとわかっても事故死が先に来てしまうため、殺人だと認識されにくいのです。

 つまり、日本で殺人事件の凶器に電気が使われた場合、死体を見た警察が病死だと勘違いして殺人事件だと認識できない可能性が高いことを意味しています。

 殺人事件は死体が発見されてから事故死として処理されてしまうと後になってから殺人事件で再捜査されることは珍しいので電気を凶器にした殺人は完全犯罪になりやすいと考えられます。

 感電死が殺人だと認識されにくいとはいえ、今回の事件では感電させた後の行動が不審だったことと、感電死させるための自作の凶器を作っていたことなどが重要な証拠になりました。

 犯人は第二種電気工事士の資格を持っていて事前にインターネットで感電について調べていた履歴も証拠になったそうです。

 それでも自作の凶器に対して犯人は公判の中で「アイアンマンの世界を具現化したいと思った」と言い逃れしていました。

 自分の奥さんを殺すために凶器を自作した悪のDIYでした。

 この事件では感電であることに気付くまで4日もかかっています。

 感電死と聞くと漫画やアニメのイメージでは黒焦げになりそうな気がしますが実際には表面が黒焦げになるのは強い火力に襲われた火傷の場合で感電ではありません。

 この事件では家庭に引かれていた220ボルトの電源だったので黒焦げどころか素人目には皮膚病みたいな乾燥した擦り傷みたいで周囲に感電するような機械や状況がないと感電だとわかりにくいほどです。

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画像は「Getty Images」より

 しかし、顕微鏡レベルでみると表皮凝固壊死や表皮内剥離など熱傷の特徴が見つかるので感電による物だと判明しました。

 脳の神経の組織にも感電による損傷が見つかっていますが、顕微鏡で見た同じ状態は外傷性くも膜下出血などでも起こるために判別しにくいです。

 こうした事情から感電殺人は現場に来た警察が殺人の可能性を疑う不自然さがないと死体をみて殺人だとわかりにくいことから最も完全犯罪に近い凶器と言えます。

 警察は殺人の捜査になると押収した電極手袋と豚肉を使って700mアンペアの電流が流れたことを確認していますが、殺人事件で珍しい一点物の凶器が使われた場合は、本当にその凶器に殺傷能力があるのか検証しないと裁判で立件できない面倒が生じます。もしも凶器の電極手袋が一回使うと焼けて断線してしまうような物だったら裁判が面倒になっていたかもしれません、DIYで自作した凶器は裁判の証拠として検察泣かせです。

大正電殺事件

 実は電気を凶器に使った感電殺人事件は過去に実例がありましたが、大昔過ぎて検死した先生もご存じなかったようです。

 大正2年4月4日に警察官が泥棒の仕掛けた感電罠に引っかかって死亡した事件が日本初の感電殺人だと言われています。

 この時は家のコンセントなどではなく、電柱の上を走っている三千ボルトの電線から取っていたので警察官一名が死んでいます。

 そして、この事件の裁判では犯人は「怪盗ジゴマ」を真似したと言われています。

 令和の殺人はアイアンマンだと言い張りましたが、大正時代の殺人は怪盗ジゴマの映画でした。

 犯人は当時20歳の不良で電気工事の仕事をしていた経験があり事件前には少年犯罪の前科もありました。

 感電させせることに殺意があるかどうかの判断は大正時代の事件でも争点になって大正時代の事件でも公判の中で殺意の有無で争っています。

 犯人は一審で殺人罪となり死刑判決を受けて控訴していますが、その後どうなったのか不明です。

 この年代は死刑執行の詳細を公表していないので山口明という名前の死刑囚に死刑が執行されたのか不明ですが厳罰は避けられなかったはずです。

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画像は「読売新聞(大正2年4月20日付)」より

 大正時代の感電殺人事件、当時は略して「電殺」と呼ばれた事件は二つの大きな社会問題が起こりました。

 1つは朝日新聞が持ち出した「科学応用の犯罪」です。

 電気という今まで存在しなかった新しい凶器を使った新しい犯罪が登場したことが大正時代の始まりと共に問題になりました。

 もう一つは表現の自由問題と関わりがあります。

 この事件が起こる前年にフランスから輸入された無声映画「怪盗ジゴマ」が大ヒットして日本版も作られたほどで、無関係の犯罪映画までひとくくりにしてジゴマの題名で上映されていたほどです。

 江戸川乱歩先生も大ファンで「怪人二十面相」のモデルにもなった映画です。昭和63年に放送されたテレビ番組「じゃあまん探偵団 魔隣組」に登場した怪人ジゴマもコレが元ネタです。

 ジゴマはルパンと違って完全に悪の犯罪者だったので当時から有害な映画と見なされ、大正元年10月に警視庁から犯罪を誘発する悪い映画として上映禁止になりました。

 この当時の映画の検閲は地域警察ごとの個別審査で映画館がある地域の所轄警察に見て貰ってOKなら上映できる地域ごとに基準も審査もバラバラでした。

 ジゴマがきっかけになって日本全体での統一された映画の検閲基準が出来ることになりました。

 ジゴマは日本の検閲制度が全国規模でシステム化された最初の規制作品だったのです。

 そのせいで欧米では日本における表現規制、映画の検閲制度における重要な事件として表現の自由を巡る論文に出てきます。

 そして、大正時代の電殺事件は映画の影響で起こったといわれています。

 ただし、当時の新聞に映画を見て電殺をやったと書かれたのですが、具体的に映画のどのシーンだったのかわかりませんでした。

 この新聞記事自体が犯人の主張なのか警察の作文なのか記者の創作なのかもよくわかりません。

 当時は流行にのって無関係な犯罪映画まで何でもかんでもジゴマの題名を付けて上映していたのでオリジナルのジゴマではない可能性もあるので余計にわかりません。

 ただ、この時代に科学を応用した犯罪が社会問題になっていたのは事実です。

 令和になってアイアンマンを見て奥さんを電殺したと言い張る人が出たのはなんとも不思議な関係ですが、現代では有害映画の上映を禁止とか言われるほどの話題にはならなくてよかったです。

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文=亜留間次郎

薬理凶室の怪人アルマジロ男。人間の皮を被った血統書付きアルマジロ。守備範囲は医学から工学、ノーマルからアブノーマルまで幅広く、アリエナイ理科ノ大事典など、くられ氏と共に薬理凶室関連の共著多数。単著に『アリエナイ理科式世界征服マニュアル』(三才ブックス)がある。よくわからないケダモノなのでよくわからないネタで攻めていきます。

公式サイト http://asai-laboratory.sakura.ne.jp/
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