【戦慄のインド一家11人首吊り事件】幸せな大家族を死に追いやった「11年間の洗脳日記」— ブラリ事件の真相

2018年7月1日の朝。インドの首都デリー北東部に位置するブラリ(Burari)という街で、ある男が日課の朝の散歩に出かけようとしていた。
いつも一緒に歩いている隣人の姿が見えない。彼らが営む食料品店も、いつもなら開いている時間なのにシャッターが下りている。不審に思った男が隣人の家を訪ねると、玄関のドアは開けっ放しになっていた。
家の中に入った彼が目にした光景は、インド全土を、いや世界中を震え上がらせるほどの異常なものだった。
吹き抜けになった中庭の天井から、10人の家族が首を吊ってぶら下がっていたのだ。目隠しをされ、口をテープで塞がれ、両手を背中合わせに縛られた状態で。そして別の部屋の床には、この家の80歳の家長である祖母が首を絞められて倒れていた。
唯一生き残っていたのは、屋上で熱を出して繋がれていた飼い犬のトミーだけだった。
どこにでもいる「幸せな大家族」の裏側
亡くなったのはバティア家という、3世代11人が同居する大家族だった。
80歳の祖母を筆頭に、その息子であるブブネシュ(50歳)とラリット(45歳)、未亡人の娘(57歳)、息子たちの妻2人、そして15歳の若者2人を含む5人の孫たちだ。
彼らはこの街に20年以上住み、食料品店と合板店を営んでいた。近所の人々からの評判はすこぶる良く、「働き者で社交的、とても仲の良い理想的な家族だった」と口を揃える。家庭内暴力や借金トラブルの噂など一切なかった。
だからこそ、この異常すぎる光景は謎に包まれていた。強盗殺人か? それともカルト宗教の集団自殺か?
謎を解く鍵は「11年分の日記」にあった
警察の捜査が進むにつれ、家の中から不気味な証拠が次々と見つかった。引き出しの中から、11年間にわたって書き綴られた「11冊の日記」が発見されたのだ。
その日記には、遺体が発見された状況と「完全に一致する」恐ろしい指示が詳細に書き込まれていた。
「手足をどう縛るか」「どのように目隠しをし、耳に綿を詰めるか」
筆跡鑑定の結果、日記を書いていたのは孫娘の2人だった。しかし、彼女たちは自分の意志で書いていたわけではない。「死んだ祖父(ラリットの父親)の魂」からのメッセージを書き留めていたのだ。
バティア家の家長であった父親は、2007年に自然死している。その後、次男のラリットはひどく塞ぎ込むようになったが、ある日突然、家族にこう宣言した。
「私の中に、死んだ父さんの魂が入ってきた。家族をより良い生活に導くための指示を伝えてくる」と。

ラリットの「声」に支配された11年間
警察は、この事件の首謀者がラリットであると断定した。
彼は「父親の声」を借りて家族を完全に支配していたのだ。最初は些細な生活のルールから始まり、次第にその要求はエスカレートしていった。11人もの人間が、たった一人の男(と彼に取り憑いたとされる死者の魂)の言葉に盲従するようになっていたのである。
防犯カメラの映像には、事件の数日前、家族自らが首吊りに使われたスツール(椅子)や包帯を買い出しに行っている姿が映っていた。彼らは外部の誰かに殺されたわけではなかったのだ。
しかし、日記にはさらに不気味な一文が残されていた。
「全員が自分の手を縛り、儀式が終わったら互いにほどき合うこと」
つまり、彼らは「死ぬつもりはなかった」のだ。
これは神(あるいは祖父の魂)に忠誠を示すための儀式であり、首を吊っても死ぬ直前で神が助けてくれる、と本気で信じていた可能性が高い。しかし、現実は重力と窒息という物理法則の前に無残な結果に終わってしまった。
「フォリ・ア・ドゥ」ならぬ「フォリ・ア・オンズ(11人の狂気)」
一部の親族は「ラリット夫婦の手も縛られていたのだから、彼らが自分でやったはずがない。これは他殺だ!」と猛反発した。しかし、心理学の専門家たちは別の見解を示している。
これは「共有精神病性障害(フォリ・ア・ドゥ:感応精神病)」と呼ばれる現象の、極めて稀で極端なケースだというのだ。
一人の人間(ラリット)が持つ強い妄想が、密室空間の中で周囲の人間(家族)に伝染し、全員が同じ妄想を共有してしまう状態である。今回は2人(ドゥ)ではなく、11人(オンズ)もの人間が同じ妄想に飲み込まれた「フォリ・ア・オンズ」だった。
インドの伝統的な家父長制のプレッシャー、死者の魂への強い信仰心、そして精神疾患をタブー視して見て見ぬふりをする社会の空気。これらすべてが絡み合い、周囲から「幸せな家族」に見えていた家の壁の向こう側で、11年という歳月をかけてゆっくりと狂気が培養されていたのだ。
Netflixで配信されているドキュメンタリー番組『ブラリ事件: 11人家族集団死の真相』でも描かれている通り、この事件の本当の恐ろしさは「悪魔やカルト教祖」が外からやってきたわけではないという点にある。
どこにでもある普通の家族が、ごく普通の家の中で、誰にも気づかれずに全員で狂気の淵へと歩いていった。その「静かなる洗脳のプロセス」こそが、この事件を永遠に背筋の凍るミステリーにしているのだ。
参考:Wikipedia、ほか
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