【テムズ胴体殺人事件】被害者を“ブツ切り”に…ヴィクトリア朝ロンドンのもう一人の切り裂き魔

 ヴィクトリア朝期のロンドンを恐怖に陥れた“切り裂きジャック”だが、その同じ時期の同じ場所にもう1人の猟奇的連続殺人犯がいた――。彼は被害者を切り裂くのではなく“ブツ切り”にしていたのだ。

■切り裂きジャックの仕業ではない「テムズ胴体殺人事件」

“切り裂きジャック”の残忍な連続殺人がイギリス・ロンドンの市民を戦慄させていた1888年、テムズ川のほとりで首から上と腕が切断された上半身の胴体だけの女性の遺体が見つかった。

 後に「テムズ胴体殺人事件(Thames Torso Murders)」と呼ばれることになったこの事件は当初、当然ながら切り裂きジャックの仕業だと思われたのだが、捜査が進む中でどうやら別の人物による犯行であることがわかってきたのだ。

 この結論は殺人の手口と、被害者の遺体の扱い方から導き出された。テムズ胴体殺人事件の被害者はバラバラに切断されており、切り裂きジャックの手口である性器や腹部の切断はなかった。そもそも“切り裂き”ではなく“ブツ切り”であったのだ。さらに4件の連続殺人事件であることもわかってきた。

「Historic Mysteries」の記事より

 4つの殺人事件のうちの最初の事件は「レインハムの謎」として知られている。1887年5月、労働者たちはテムズ川から包装された梱包物を引き上げ、その中から女性の胴体を発見して愕然とした。

 その後同じ女性のものと思われる身体の一部がロンドン各地で発見され、医療専門家らは発見されなかった頭部と胸上部を除いた彼女の体を復元することができた。捜査当局や医療専門家らは、犯人は解剖学や外科の知識がある者だが、医学生による悪ふざけではないと言及した。

 死因は特定できず、検視官の検死審問で陪審は単に「死体が発見された」という評決のみを下さざるを得なかった。

 2番目の事件は「ホワイトホールの謎」と呼ばれるようになった事件で、9月11日から10月2日まで間に3つの異なる場所で女性の切断された遺体が発見された。

画像は「Wikipedia」より

 ある医療専門家は犯人は必ずしも解剖学者ではないが、自分がしていることを自覚している人物、つまり関節の位置を知っていて定期的に切断を行っている人物だと思われると述べた。つまり肉屋や食肉解体屋の可能性が指摘されたのだ。

 3番目の事件は翌年の1889年6月4日、テムズで女性の胴体が発見され、翌週にはテムズ川でさらに多くの身体の部分が続けざまに発見された一件である。

 6月11日に発行された「ロンドン・タイムズ」紙の報道では、バラバラに切断せれた部位がナイン・エルムズ、バタシー・パーク、バタシー沖、ワンズワース、ライムハウス、バンクサイド、チェルシー・エンバンクメントで続々と発見されたことが報じられた。

 さらに遺体の一部が『フランケンシュタイン』の作者、メアリー・シェリーの屋敷に投げ込まれたという。

 女性の遺体の大部分が回収された後の検死審問では、解体状況は熟練性を示したものの外科医の巧みさはなく、むしろ肉屋か食肉解体屋の仕事に似ていたと再度指摘された。今回の遺体はレインハムで見つかった遺体よりも新鮮で、医師らは犠牲者は死後48時間以内に切断されたと結論づけている。

 この3人目の被害者は妊娠約8カ月で、女性の頭部は回収されなかったが、当局は彼女の身元を特定することができた。遺体はホームレスでチェルシー出身の売春婦だったエリザベス・ジャクソンのものと特定されたのだ。

 4番目の事件は1889年9月10日に警察の巡査がピンチン通りで休憩中に女性の胴体を発見した一件だ。

画像は「YouTube」より

 これまでの3件の殺人事件とは異なり、発見された胴体には前日に受けた殴打によって生じたと考えられるあざの痕跡があった。遺体の腹部は他の切り裂き被害者と同様に切断されていたが、犯人は彼女の性器を切断していなかった。

 事件を担当した捜査官は当初、切り裂きジャックの仕業だと信じたが、主に性器切除がなかったことと、四肢が切除され他の3人の犠牲者と似ていたことから、この事件はテムズ胴体殺人事件と関連付けられた。彼女の身元は明らかにされず、手足の残りの部分も発見されなかった。

■同時代にいた“ブツ切りジャック”

 この4つの事件に加えて、「バタシーの謎」と「トッテナムコード道路の謎」もテムズ胴体殺人事件に関連していると考えられている。

「バタシーの謎」では1873年9月5日、女性の胴体の一部がバタシー近郊で発見され、手足は近くのライムハウス、ウーリッジ、ナインエルムズで発見された。

 女性の別の胴体は1874年6月にテムズ川のパットニーで発見された。この時には胴体のみが発見され、検死審問の陪審は評決に同意できず、未解決事件として放置された。

「トッテナムコート道路の謎」は、5日間の間に身元不明の女性の遺体が発見された事件で、被害者の頭蓋骨、太ももの肉、腕、胴体が発見された。女性の腕の1本には入れ墨があり、被害者が売春婦である可能性が高いと考えられている。

 切り裂きジャックと同じ時期、同じ場所で起きた一連の「テムズ胴体殺人事件」だが、この事件の犯人は本当に別人物なのか。

 警察は「テムズ胴体殺人事件」と切り裂きジャック事件の間には関連性がないと述べ、性器切除がなかったことから警察は同じ場所にいた2人の連続殺人犯が同時に活動していたのだと結論づけている。

「テムズ胴体殺人事件」が切り裂きジャックの仕業であったのかどうかについては当時から激しい議論が続いているということなのだが、同じ時代に同じ場所で切り裂きジャックに触発された“ブツ切りジャック”がいたのだとすればいろいろと想像が膨らみそうだ。

参考:「Historic Mysteries」ほか

文=仲田しんじ

場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。
興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
ツイッター @nakata66shinji

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