HIV感染を「年2回の注射」で防ぐ時代へ ― “年40ドル”の奇跡、エイズ終焉への道筋

HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の世界的流行に、ついに終止符が打たれる日が来るのかもしれない。治療法ではない。しかし、それに限りなく近い、画期的な予防法が現実のものとなったのだ。年2回の注射だけで、HIV感染をほぼ完璧に防ぐことができる新薬「レナカパビル」。かつては富裕層にしか手の届かなかったこの“奇跡の薬”が、今、年間わずか40ドル(約6000円)という驚異的な価格で、最もこの薬を必要とする人々に届けられようとしている。
薬はあっても、届かない―2万8000ドルから40ドルへの軌跡
画期的な新薬が開発されても、その価格が高すぎれば、多くの命を救うことはできない。レナカパビルは、まさにそのジレンマの象徴だった。アメリカでの年間投与費用は、実に2万8000ドル(約420万円)。昨年だけでも世界で130万人が新たにHIVに感染し、その多くが予防可能であったにもかかわらず、この薬はあまりに高価すぎたのだ。
この状況を打開するため、壮大な国際協力プロジェクトが動き出した。まず、開発元である米国の製薬会社ギリアド・サイエンシズ社が、インドなどのジェネリック医薬品メーカー6社に対し、特許権使用料なしで製造・販売を許可するという、大きな一歩を踏み出した。
そして、ビル&メリンダ・ゲイツ財団と国際医薬品購入ファシリティ(Unitaid)が、これらのメーカーに資金援助と大量購入を保証。これにより、価格は元の0.1%以下である、年間わずか40ドルという、信じがたいレベルまで引き下げられたのである。

“予防の空白”を埋める一筋の光
現在、HIV予防の主流は「経口PrEP(プレップ)」と呼ばれる、毎日服用するタイプの予防薬だ。しかし、この方法は毎日薬を飲み続ける必要があり、医療へのアクセスが困難な人々や、社会的な偏見に晒されている人々にとっては、継続が難しいという大きな課題があった。結果として、PrEPの恩恵を受けられるはずの人々のうち、実際に利用できているのは世界でわずか18%にすぎない。この「予防の空白」こそが、毎年数十万人の新たな感染者を生み出す温床となってきた。
年2回の注射で済むレナカパビルは、まさにこの空白を埋めるために生まれた。サハラ以南アフリカの若い女性、男性同性愛者、トランスジェンダー、セックスワーカーなど、HIVのリスクが最も高いにもかかわらず、従来の医療システムから取り残されがちな人々にとって、この注射は単なる利便性の問題ではない。それは、自身の健康を守るための、安全性、プライバシー、そして自己決定権そのものなのだ。
あるシミュレーション研究では、高リスク国で人口のわずか4%にこの薬を普及させるだけで、新規感染の最大20%を防ぐことができると予測されている。フィリピンでは、人口の2%に提供するだけで、新規感染の実に45%を回避できる可能性があるという。
挑戦はまだ始まったばかり―薬を“命”に変えるために
薬の価格を700分の1に引き下げるという偉業は、達成された。しかし、使われなければ薬はただの液体だ。この薬を実際に人々の命を救う力に変えるためには、まだ多くの障壁が残されている。
ジェネリック版が市場に出回るのは、早くても2027年。また、今回の契約は120の低・中所得国を対象としており、ブラジルやメキシコといった、臨床試験に協力したにもかかわらず対象外となった国々も存在する。「国境なき医師団(MSF)」は、こうした国々へのライセンス拡大を強く求めている。

さらに、インドの工場から南アフリカの遠隔地のクリニックまで、薬を届けるための巨大な物流網の構築、医療従事者へのトレーニング、そして地域社会への啓発活動など、解決すべき課題は山積みだ。
とはいえ、希望を語るには十分すぎるほどの成果だ。この合意は、科学の進歩と、それを支える人々の善意が手を取り合った力強い証しに他ならない。人類が最も恐れてきた病の一つと戦うための武器は、確かに私たちの手の中にある。エイズ終焉への道筋は、かつてないほどはっきりと見えている。あとは世界がその道を共に歩むだけなのだ。
参考:ZME Science、ほか
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2024.10.02 20:00心霊HIV感染を「年2回の注射」で防ぐ時代へ ― “年40ドル”の奇跡、エイズ終焉への道筋のページです。エイズ、HIV、注射、予防などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで