ドイツの偽書から始まった「飲尿療法」の歴史! 尿注射、ボトル詰めされたラクダの尿飲料… 無意味な疑似科学はなぜ流行る?=亜留間次郎

【薬理凶室の怪人で医師免許持ちの超天才・亜留間次郎の世界征服のための科学】

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画像は「Getty Images」より

 最近はすっかり下火になりましたが、日本でも飲尿療法が流行ったことがありました。今でも進めている芸能人や怪しい人達がいますが、医学的には完全に否定された無意味な行為です。

 飲尿療法が日本で登場したのはかなり近代で1990年に中尾良一という人が「奇跡が起きる尿療法」という本を書いて、コレがガンからリウマチにまで効いたとかテレビで取りあげられたことから流行ったと言われていますが、外国でも古くからありました。

ドイツの飲尿療法

 飲尿療法をドイツ語で「Eigenharnbehandlung」と呼びます。

 歴史上、飲尿療法の大きなブームが何度か起きていて、最初の飲尿ブームと思われるのは1696年ごろのドイツです。

 ドイツのクリスチャン・フランツ・パウリーニが1696年に出版した『Heilsame Dreck-Apotheke』という本が尿やウンコを薬にする最初の医学書と言える本です。

 現在はネット上で原本が読めますが昔のドイツ語なので難読です。

 パウリーニは医師として活躍しただけでなく作家、歴史家、哲学者、民族学者としても活躍した多彩な人物で著書は68冊にも及びますが、ドイツの歴史研究の間では11冊の偽書を作って歴史研究を混乱させた極悪人で、死後130年あまりたってから偽書であることが発覚して大問題になりました。

 自分の本に書く珍説の出典として大昔の本を自分で自作して出典にして偽書を出典とした論文で博士号を取っていました。

 これ以前の飲尿ブームとして伝えられているローマ帝国の皇帝が飲尿療法をやっていた、中世時代に自分の尿に薬草を溶かして飲むとペストに効く治療法があったなんて話は全てパウリーニが作った偽書に出てくる話です。

 パウリーニが広めた飲尿療法はドイツで長く流行することになり、近代まで「Dreckapotheke」と呼ばれる一大分野として続いていました。

 Dreckはドイツ語の汚物とか糞みたいな意味で日本語に訳すなら汚物の薬みたいな意味です。

 現代日本で言えばEM菌を作った学者みたいなトンデモさんでした。

英国の飲尿療法

 近代になって医学が発達してくるとドイツの飲尿療法には何の効果も無いことが判明して下火になりましたが、戦前になってジョン・W. アームストロングというトンデモ民間療法者が再度流行らせました。

 この人は、当時不治の病とされていた結核にかかって45日間にわたって自分自身の尿と水しか口にしない「尿断食」を行って完治させたと主張したイギリスの民間療法者です。

 医者でもなんでもありませんが、1944年に「The Water Of Life: A Treatise on Urine Therapy」という飲尿療法の本を出版しています。

 現代でも飲尿療法が流行っているせいなのか21世紀になって再版されています。

 日本でも飲尿療法が流行った1994年に「生命の水―奇跡の尿療法」という邦題で日本語版が出ています。

 アームストロング先生は旧約聖書の一つである箴言の第5章の15「汝おのれの水溜より水を飮み おのれの泉より流るる水をのめ」を自分の尿だと曲解して神の奇跡のように言い張っていて、神の力から科学までごちゃ混ぜになった典型的なトンデモ医学です。

インドの飲尿療法

 近代の飲尿界隈の有名人には1977~1979年までインドの首相を勤め99歳まで健康に長生きしたモラルジー・デーサーイーさんがいます。

 飲尿健康法の愛好家で政界から引退直後の1980年に飲尿の本を書いています。

 そのため、飲尿健康法の界隈では健康に長生きして偉くなった実例としてよく取りあげられる人物です。

 当時の本は絶版ですが、2004年に再販されているので現在でも買えます。インドの本ですが英語で書かれています。

再びドイツへ

 それから近年になって再びドイツで飲尿ブームが始まったのは1988年7月21日の出来事です。

 日付が明確なのはこの日にドイツで有名な女性ジャーナリストのカルメン・トーマスがWDR(西部ドイツ放送)のラジオ放送で尿に関する特別番組を放送したからです。

 その放送は現在でもWDR(西部ドイツ放送)のホームページでアーカイブで視聴できます。

 それからラジオ放送の内容を元に本が書かれ120万部を超えるベストセラーになりました、ドイツ語版ですが日本でも楽天で電子書籍が買えます

 カルメン・トーマスさんはドイツ人ですが、英語が堪能でイギリスのBBC(英国放送協会)で働いたり、ドイツのZDF(第2ドイツ・テレビジョン協会)で働いたりしたエリートで、1973年にドイツのテレビで初めてスポーツ番組の司会者を務めています。

 1970年代のドイツは男性上位社会でサッカーをやる女は精神異常者とまで言われた酷い時代の話で、失言で叩かれたり炎上したりと大変な苦労をしていますが、ドイツではかなりの有名人で1990年にはフォーブス誌のドイツで最も影響力のある女性100人の91位に選ばれています。

 それから謎の尿万能論に傾倒していったのですが、2013年の67歳の時に尿が原料およびエネルギー源であることを発見したと主張して尿で発電すれば原子力はいらないみたいな珍説を唱え、世界的に尿を飲む健康法に続く尿発電のブームを巻き起こしています。

 日本語でも「尿で発電」とかでググると普通に世界各国の研究が出てきますが、最初に言い出したのはカルメン・トーマスさんみたいです。

 なお、カルメン・トーマスさんは1946年生まれの77歳でまだ存命です。

 最近のドイツ人はかなり狂ってきたようで自分の尿を皮下注射するトンデモ医療まで出始めているようです。

 無菌処理するとか、ホメオパシーの処理をするとか書いてありますけど、1ミリリットル程度の皮下注射なら滅菌すればタダの水と大差ないですよね。

 何の害も効果も無いことをしてプラセボ効果を狙う典型的な詐欺医療に突入しているようです。

ラクダの飲尿療法

 飲尿健康法は基本的に自分の尿を自分で飲むのですが、中東では昔からラクダの尿が薬になる、癌に効くといわれ、飲尿が広く行われていましたが、21世紀になって自家消費から売買が活発になりました。

 実際にサウジアラビアの病院で癌患者の多くがラクダの尿を飲んでいるそうです。

 アラビア語のラクダの尿「العلاج ببول الإبل」でググってみるとわかりますが、普通にペットボトルや缶に詰めて売られています。

 アームストロング先生は旧約聖書を引用して神の奇跡みたいに宣伝に利用していますが、中東ではイスラム教の経典であるハディースの言葉を引用しています。

 ハディースの原文を探してみたのですが、サヒ・アル・ブハーリの76章の9がそうだと主張されていました。

 この説は近代になって提唱された新しい学説です。

 ちょっと英語版の解説に付け足しがあるのですが、正則アラビア語の原文には医療や医薬品になるとは書いてありません、この部分は翻訳した人の解釈による補足です。

 正則アラビア語の原文を見たんですけど、これって飲むんじゃなくてメディナの灼熱の気候で瀕死になっている信徒にラクダの乳と尿から作った日焼け止め&保湿クリームを塗るように教えたんじゃないかって気がしています。

 ラクダは水分を無駄にしないために尿が他の動物よりも濃くて、尿素クリームみたいになるので実際にラクダの尿素クリームが売られているほどです。

 新型コロナが流行するとペルシアでは医療の逼迫から西洋医学の否定が始まり、ハリソン内科学を焚書してラクダの尿を輸入するオカルト医療に走った人が出ています。

ペルシア人がハリソン内科学を燃やしているシーンがツイッターに動画投稿されている。

 最近はラクダの尿が1リットルあたり3千~5千円ぐらいで売られていますが、ずいぶんと高い気がしています。

 なお、サウジアラビア王国保健省はラクダの尿を飲むと人間とラクダの人獣共通感染症である中東呼吸器症候群(MERS-CoV)に感染する可能性があるので飲まないように警告しています。

 今のところ、ラクダの飲尿が中東呼吸器症候群(MERS-CoV)の感染源である証拠は見つかっていません。

 可能性があるので予防のために飲まないように言っているだけですが、新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)に効かない民間療法で中東呼吸器症候群(MERS-CoV)に感染することがないことを祈るばかりです。

 ラクダの尿を飲む健康法はサウジ版江戸しぐさとEM菌が悪魔合体した案件みたいになっている気がしています。

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文=亜留間次郎

薬理凶室の怪人アルマジロ男。人間の皮を被った血統書付きアルマジロ。守備範囲は医学から工学、ノーマルからアブノーマルまで幅広く、アリエナイ理科ノ大事典など、くられ氏と共に薬理凶室関連の共著多数。単著に『アリエナイ理科式世界征服マニュアル』(三才ブックス)がある。よくわからないケダモノなのでよくわからないネタで攻めていきます。

公式サイト http://asai-laboratory.sakura.ne.jp/
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