【3.11震災から4年】被災者の霊に憑依された男が僧侶に語った話

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~【ジャーナリスト渋井哲也のひねくれ社会学】このシリーズでは実体験・取材に基づき、怪しげな情報に関する個人的な見解を述べる~

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 3.11東日本大震災での被災者と話していると「ひょっとして、これは心霊現象かもしれない?」と思えるような話をよく聞きます。以前もトカナで「供養塔」の話を書きましたが、震災が起きた当初は「被災地で声が聞こえる」という話がよくあったのです。しかし、震災から4年がたち、こうした話は時間とともに耳にしなくなってきました。被災者の心の傷がほんの少しだけでも、癒えてきた証拠かもしれません。

 今回は、私が取材して実際に聞いた多くの心霊話の中でも、最も不思議に感じたひとつのエピソードを紹介したいと思います。

 それは、津波によって被災した沿岸地域で被災者の支援活動を行っていた、ある僧侶から聞いた話です。


【僧侶、霊と語る】

 ある日、その僧侶に「死にたい」と言ってきた人物Aがいました。被災地での相談で「死にたい」ということは、誰か大切な人を亡くしたことによる喪失感からか…、と思ったのですが、Aは違っていたといいます。

 Aは、震災前から「水に関する事故などで亡くなった人の霊が憑依する」という体質を持っており、震災前には、プールでの水難事故で亡くなった子どもの霊が取り憑いたこともあったようです。そして今は、津波で亡くなった複数の霊が憑依している可能性があるというのです。Aは、憑依されると“霊の苦しみ”を背負ってしまう傾向があったといいます。しかも、震災によって、通常よりも多くの霊が取り憑いてしまったため、苦しさに耐えることができず、「死にたい」と思ったと言うのです。

 Aは、霊に憑依されないように自分をコントロールすることはできないようで、苦しくても、また次の霊が憑依してしまうといいます。しかし、そんな話を周囲に言えば、精神状態を心配されてしまう可能性があるため、誰にも相談できず、僧侶を頼って来たというわけです。

「ここはどこだ? 暗いぞ。助けに行かなくちゃいけないんだ。小学校に。どこなんだ。どこなんだ」

 Aは突然、語り出しました。憑依している霊の言葉です。この霊に対し、僧侶が事情を聞いてみると、地震発生で子どもを迎えに行く途中で津波によって亡くなった父親の霊だということがわかりました。3.11の震災後は「地震の震度によって、保護者への引き渡しか、学校での待機か臨機応変に対応する」など対策がとられましたが、震災前は「引き渡し」が原則となっていたため、父親は子どもを小学校へ迎えに行き、そこで亡くなったのでしょう。

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