北九州「呪いの村」で起きた本当にあった怖い話! 呪われた家、消える家族、殺人、そして死…「血蟲の村」川奈まり子の実話怪談!
この日、親方は常にも増して酔っ払って登場した。上棟式の祝い酒に酔ったのではない。すでにだいぶきこしめしてから、やってきたのだ。
これには美津子さんの父も驚いた。
上棟式では、最初に、棟梁(親方)が幣串と破魔矢を棟木の高い場所に南向きで飾ることになっている。
ところが、酔っているため、親方はこれを首尾よく務めることができなかった。
時間をかけてようやく棟木に登ったが、幣串と破魔矢の飾り方もぞんざいで、見守っている方はかなり苛々させられた。
ことに美津子さんの父は、信心深い性質だったので、神聖な儀式を穢されたと思い、堪忍袋の緒が切れてしまった。
酒・塩・米を撒く「上棟の儀」が済み、宴会が始まると、彼は早速、親方に苦言を述べた。
すると、親方はいきなり激昂して、美津子さんの父に殴り掛かってきた。
弟子たちの前で叱られて、大いに誇りを傷つけられたのか。それとも、最初から苦々しく思っていたのか……。
住んでいるのとは別に、2軒目の家を建てるのは贅沢なことだ。それが宮柱の者の家なわけだから、面白くないと感じていた可能性がある。
美津子さんたち宮柱の一族の祖先は、先住者である杣人や百姓から土地を奪い、その代わりに文化と信仰をもたらした。宮柱一族と先住者との暮らし向きの格差は千年以上も固定化され、その結果、恨みと尊敬という相反する感情を住民の多くから向けられている。
結局のところ、居合わせた年寄り連中が親方をいさめ、美津子さんの父が非礼を親方に詫びて、一応、形だけは円く収まった。
だが、親方は反省したようすがなく、宴会が終わって立ち去る際に、再び憤怒の形相を浮かべて、美津子さんの父を睨みつけたのだという。
その後、家は無事に完成した。
引っ越しの当日、あらためて間近で見てみれば、こんどの家は本当に立派な木造家屋だった。また、前に二車線の道路はあるだけで家の三方を木立に囲まれているので、そうでなくとも広い庭が余計に広々と感じられ、景色が開放感に溢れていた。道路の向こうは深い山で、隣家からは数百メートルも離れており、周囲はとても静かだ。
太い柱に支えられた玄関は庇が深く、三和土は広々として、上がり框から続く艶やかな廊下は歪みがなく、少しも軋まなかった。
ところが、美津子さんは、一歩、足を踏み入れた途端に、家の中が暗すぎるような感じがした。
それも、物理的に暗いのではなく、屋内の景色全体に半透明の黒いフィルターをかけたかのような怪しい暗さだ。
彼女は激しくたじろいだ。突然、廊下を引き返して、玄関から外へ逃げ出したいような衝動すら覚えた。
それまでは待ちに待った引っ越しに胸を弾ませていたのである。
戸惑いつつ、傍らにいた姉を見やると、姉も沈んだ表情をしていた。
では両親は? と、思ったら、どうしたことか、父と母も少しも嬉しそうにしていない。
何かがおかしい……。
心の奥がざわめいて、不穏な気配が家の至るところにとぐろを巻いているような気がしてならなかったが、その日は夜まで家族全員で家の中を整える作業に専念した。
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