聖骸布の人影は、当初「見えていなかった」!? 弱い放射線が刻んだ「潜像」説 —— 聖書が″布の顔”に触れなかった理由

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Shroud of Turin, パブリック・ドメイン, リンクによる

 一枚の古びた亜麻布が、数十年にわたって科学者と神学者を真っ二つに割り続けている。全長約4.3メートル(14フィート)、腕を前で組んだ男の姿と血痕がうっすらと浮かぶ「トリノの聖骸布」だ。

 十字架にかけられたイエスの遺体を包んだ布だとする声がある一方、真正性には常に強力な反論がついて回ってきた。最大の弱点とされてきたのが、聖書そのものの「沈黙」である。

 そこに新たな仮説が投じられた。像は最初から見えていたのではなく、時間をかけて「あとから浮かび上がった」のではないか——というものだ。

弟子たちが墓で見たのは、ただの白い布だった?

 福音書は、空になった墓に亜麻布が置かれ、頭を包んでいた布が別に畳まれていたと記す。だが、その布に人の顔や体の姿が写っていたとは、どこにも書かれていない。

 十字架刑の男の像がそこにあったなら、弟子たちが書き残さないはずがない。懐疑派はこの一点をもって、聖骸布は後世の産物だと主張してきた。

 この矛盾に切り込んだのが、聖骸布を長年研究してきた免疫学者ケリー・カース氏だ。8月12日付で学術誌「Journal of Historical Archaeology & Anthropological Sciences」に掲載された論考で、像は当初「目に見えない状態」で刻まれ、経年変化や熱によって後から現れた可能性を提示した。

 発想の源流は古い。1978年に聖骸布を調査した科学チーム「STURP」の一員サミュエル・ペリコリ氏は、皮脂や埋葬用の香油が布に移り、繊維をゆっくり変色させたのではないかと指摘していた。「潜在的着色」と呼ばれる現象で、変化自体は即座に始まるが、布が古びるか熱を受けるまで目には映らない。

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Giuseppe Enrie, 1931 – From the Hebrew Wikipedia. Original file is/was here. (Original upload log available below.), パブリック・ドメイン, リンクによる

レーザー実験が突きつけた矛盾——像を出せば、血が消える

 真正性を支持する側で根強い人気を持つのが「放射エネルギー説」だ。強烈な光やエネルギーが一瞬で布に姿を焼き付けた、という筋書きである。ただし、そんなエネルギーの正体も出どころも確かめられてはいない。

 カース氏が注目したのは、像の異様な「浅さ」だ。着色は最表面にとどまり、糸を構成する繊維のうち上部2〜3本にしか及んでいない。繊維1本は髪の毛のおよそ10分の1という細さである。この浅い変色は、極短パルスの紫外線レーザーによる実験で部分的に再現されてきた。

 そして厄介な問題が立ちはだかる。即座に目に見える着色を起こせるほど強いパルスを当てると、布に置いた血痕が損傷・蒸発してしまう。ところが実際の聖骸布の血痕は、それに相当するダメージを受けた様子がない。

 布が本当に遺体を包んだのなら、血は像より先に移っていたはずで、像を作ったエネルギーは血を壊さずに露出部分だけを変色させたことになる。放射エネルギー説の長年の急所だ。

 ところがエネルギーを大幅に落とすと、血はほぼ無傷で残った。その代わり像はすぐには現れず、変色が視認できたのは布を加熱するか自然に古びさせた後だったという。

 カース氏はここから一つの順序を組み立てる。まず血が布に移り、次に弱いエネルギーが露出した繊維を変質させ、像はしばらく経ってから浮かび上がった——。これなら血痕が壊れていない理由も、弟子たちが「何も写っていない布」しか見なかった理由も、同時に説明がつくことになる。

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ジュリオ・クロヴィオ – 不明, パブリック・ドメイン, リンクによる

1988年の「中世起源」判定と、まだ埋まらない空白

 一方で、聖骸布に不利な物証も動いていない。1988年、3つの研究機関が実施した放射性炭素年代測定は、試料を1260年から1390年のものと判定した。歴史上、聖骸布がフランスに姿を現すのは1354年。時期はぴたりと重なる。

 これに対しては、試料がすべて布の一角から採られ、しかも端からの距離に応じて数値が揺れていたとして、結果を疑問視する研究者もいる。カトリック教会は聖骸布を信心の対象として扱いつつ、イエスの埋葬布であると公式に認定してはいない。

 カース氏自身も、自説が仮説の域を出ないと繰り返し断っている。実験に使われたのは現代の亜麻布であり、聖骸布そのものではない。像がいつ目覚めたのかを特定する手立てもなく、芸術家による制作説も自然な化学反応説も依然として選択肢に残る。

 それでも「布に像があったなら聖書が黙っているはずがない」という反論は、真正性を疑う側の強力な武器であり続けてきた。もし像が数十年、数百年をかけて静かに滲み出てきたのだとしたら——その武器は、少なくとも決定打ではなくなる。

 長く論じられてきた一枚の布は、いまだ誰にも読み切れていない。次に何かが浮かび上がるとすれば、それは布の上ではなく実験室のほうかもしれない。

参考:Daily Mail、ほか

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