9歳女児転落事件が起きた「N地区」の怪!謎の空き家、白骨遺体…川奈まり子の実話怪談『怪の棲む土地』(後編)

 模様のついた凸凹ガラスの窓には、ことに興味をそそられた。

 細かな凸凹と花を交えたアラベスク模様がついた〝目隠しガラス〟は、昭和40年代ぐらいまではポピュラーだった。若い佐藤さんは、そんなものは数えるほどしか見たことがない。レトロで可愛らしいと感じる。

 へえ……と観察していたら、その窓の奥、暗く沈んだ家の中から、何者かがこちらに駆け寄ってきて、びったりと顔をガラスに貼りつけた。

「わあっ!」

 駆け寄ってくるスピードが物凄く、一瞬で暗闇から肌色が湧きだしたように見えた。

 音もなく、窓ガラスに、肌色の顔と、同じ肌色をした左右の掌がビタッと貼りついたので、思わず声を上げて、塀から後ろに飛び退いてしまった。

 肌色の顔は美しい卵型をしていて、掌が細身なことから、女だと直感したが、顔立ちも服装もわからない。黒衣の人なのか、服の色も見えなかった。

画像は「Getty Images」より引用

 ずっと睨んでいる雰囲気なので、その場から逃れた。

 数メートル離れたところで振り返ると、まだ窓に貼りついていた。

 なんて薄気味が悪い。第一、どうやって入ったのだろう。門も木戸もないのに。塀を乗り越えたのか? 女のようだったが……。

 怖くてたまらず、早足で実家に戻った。

 しかし、着く頃には、だいぶ気持ちが落ち着いた。

 オバケということもあるまい、と、冷静になって、帰るとすぐに、祖母をつかまえて、あの家について何か知らないかと訊ねてみた。

 なぜ、祖母なのかというと、佐藤さんの祖母という人は、この辺りに家作や土地を幾つも持っている、いわゆる大家業の人だったからだ。代々、佐藤家はここNにそこそこ広い地所を持っていて、土地や家を貸してきた。今、その仕事を取り仕切っているのは祖母で、だから仕事柄、あの家についても何か知っているかもしれないと考えた次第だ。

 案の定、祖母はあの家について幾らか知っていた。

 聞けば、あの家のある場所も、昔は佐藤家の持ち物だった。けれども、筋の良くない土地だったので、およそ30年前に手放した。そして土地を買った人は、家を建てたはいいけれど、それきり、なぜか住むようすがなく、すぐに塀で囲ってしまって、それっきり一度も、近づきもしない――。

「じゃあ、あの家はやっぱり空き家なんだ! だったら、あの人は何だろう?」

「……人じゃああるまいよ」

「え?」

「このNの辺りでは、ときどきおかしなことが起こるんだよ。あまり詮索しない方がいい」

 祖母は顔を曇らせて、佐藤さんを諭した。

 そこで、改めて氷水を浴びせかけられたように感じて鳥肌を立てていると、さらに不吉なことを、しわがれ声で呟かれた。

「私たちのうちだって、どうだかね」

 そう言えば、と、佐藤さんは自分が実家で暮らしていた頃、そして離れてからは、Nに帰省する度に、頻繁に金縛りにかかることに思い至った。

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