無残絵、生首版画、九相図……「死」にまつわる日本画の世界を徹底解説!

「驚異の陳列室」を標榜し、写真集、画集や書籍をはじめ、5000点以上に及ぶ奇妙な骨董品を所蔵する大分県・別府の古書店「書肆ゲンシシャ」。SNS投稿などでそのコレクションが話題となり、九州のみならず全国からサブカルキッズたちが訪れるようになった同店。今では少子高齢化にあえぐ地方都市とは思えぬほど多くの人が集まる、別府の新たな観光名所になっているという。本連載では、そんな「書肆ゲンシシャ」店主の藤井慎二氏に、同店の所蔵する珍奇で奇妙な本の数々を紹介してもらう。

■有名だけど意外と貴重な九相図の画集

――コロナ禍明けのインバウンドの影響はゲンシシャにはありますか?

藤井:うちのお客さんはほとんどが日本人です。ただ、別府は外国人の方が本当に多いので、ほかのお店で知り合った日本人に紹介されて、外国人のお客さんが来るパターンはたまにあります。

――日本の書籍だけではなく、レアな洋書も揃っていますからね。

藤井:この間、韓国の大学で日本美術を教えているというニューヨーク出身のアメリカ人が来店されて、とても喜んでくれていましたよ。

――「韓国で日本美術を教えるアメリカ人」とは、また肩書きの渋滞がすごいですね(笑)。さて、本題に入りますが、今回はどういうテーマの本を紹介されますか?

藤井:これまで「死後写真」や「死体写真」を多数紹介してきましたが、今回は外国の出版物ではなく、改めて日本の死に関する本に焦点を当てたいと思います。「死」に関しては、日本でもさまざまな表現がされてきましたが、代表的なのは「九相図」ですよね。最初に紹介するのは、山本聡美氏が美術史学の立場から、西山美香氏が国文学の立場から九相図を論じた『九相図資料集成―死体の美術と文学』(岩田書院)です。


――九相図とは「死体が朽ちていく経過を九段階にわけて描かれた仏教絵画」ですね。仏僧たちが煩悩、女性への肉欲を絶つために描かれたといわれていますが、最近はマンガ『呪術廻戦』(集英社)に「呪胎九相図」というキャラクターたちが登場し、「日本三大奇書」のひとつである『ドグラ・マグラ』でも題材とされています

藤井:このように、九相図自体は知っている人も多いと思いますが、九相図の画集があることについては、ほとんど知られていないと思います。本書には現在確認されている全ての掛幅・絵巻・版本九相図についてカラー図版と影印を収録していて、非常に資料的価値が高い一冊に仕上がっています。

――画集にできるほど九相図というのはたくさんあるんですね。

藤井:この画集にはさまざまなお寺や大学の研究室などが所有している九相図が紹介されています。私は新品で本書を購入したのですが、すでに絶版になっていて、Amazonでは3万円くらいの値段で取引されています。九相図は人気ジャンルなのですが、そもそも絵巻形式の九相図を画集にするのは大変だったと思います。山本聡美氏は、『病草紙』という、様々な奇病・奇形に関する説話を描いた絵巻を収録した画集の編集もされています。

――トカナで九相図を紹介すると、フェチっぽくなってしまうのが不思議です。煩悩や肉欲を振り払う絵なのに……。

藤井:「現代版九相図」ともいわれている、写真家・宮崎学氏の『死―宮崎学写真集』(平凡社)も紹介しましょう。本書は動物の死体が腐って狸などに食べられて、土に還っていく様子を記録した写真集です。秋・冬・春と、いろんな季節における動物の自然な死体の姿を写していて、見応えがありますよ。ほかにも宮崎氏は『死を食べる―アニマルアイズ・動物の目で環境を見る〈2〉』(偕成社)という、動物の死を捉えた写真集を出されています。

■生き血を使った「生首版画」

藤井:より手に入りやすい画集として2017年に刊行された『HELL 地獄-地獄をみる』(パイインターナショナル)という「地獄絵」の画集を紹介しましょう。地獄絵の画集はたくさんありますが、本書ほど分厚くて大判なもので、地獄絵が大きく載っている本はあまり見たことがありません。ちなみに、本書と同じシリーズで春画版『SHUNGA 春画』もあり、そちらも大判で見応えがあるのでおすすめです。さらにグロテスクなものが見たい方には『江戸昭和競作 無惨絵―英名二十八衆句』(リブロポート)がいいでしょう。

――「無惨絵」というのはなんなのでしょうか?

藤井:江戸時代末期から明治時代初期にかけて、世相が乱れた頃に残酷な殺戮の場面や死体を描いた無残絵という浮世絵が流行したんです。「血みどろ絵」とも呼ばれる、血がたくさん描かれたおどろおどろしい絵が人気になったんですね。浮世絵なのでそれなりの枚数摺られているのですが、無残絵は版画で10万〜20万円など、それなりにいい値段がしますね。

――そんな貴重な無残絵を画集でたくさん見られるということですね。

藤井:無残絵の画集自体もかなり珍しくて、本書はマンガ家の丸尾末広氏や花輪和一氏が手がけた無残絵や、江戸時代に月岡芳年と落合芳幾が描いた有名な「英名二十八衆句」が載っています。妊婦を吊るしたり、皮を剥いだりなど、かなりグロテスクな表現ですね。

――その頃から「そういった趣味」の人向けのコンテンツはあったんですね。

藤井:ちなみに、本書には復刻版もあるのですが、そちらには丸尾氏・花輪氏の手がけた作品しか載っていないので、オリジナル版がオススメです。

――復刻に際してなにかあったのでしょうか……。

藤井:さぁ……。次に「現代の無残絵」ともいえよう、『生首図聚 三代目彫よし』(日本出版社)という立派な箱入りの画集を紹介しましょう。本書は「三代目彫よし」という刺青師の作品が掲載されており、Amazonでは20万円近くするレア本です。テキストもなかなか充実しているのですが、本書のポイントは版画が1枚ずつ入っているので、額装して家に飾ることができるということです。

――この連載ではおなじみの、どこに飾ったらいいかがわからないシリーズですね。

藤井:本書に掲載されている生首の血に関しては、三代目彫よし氏が自分の血を使って描いているらしいです。ちなみに、刺青の世界では髑髏や死神などの絵柄を彫る人が結構いるそうですね。死に関するモチーフを彫ることで、死を乗り越えたことのシンボルとしたり、誰であれ死は平等に訪れることを表したりするそうです。

――むしろ、死を引き寄せにいっている気もしますが、威嚇効果はありそうですね。

■結婚できずに死んだ人を慰める冥婚

藤井:もう少し大人しいトーンのもので 「死絵」も日本独特のジャンルです。これは江戸時代に役者など著名人が死亡した際、訃報と追善を兼ねて摺られた浮世絵で、『錦絵にみる 役者への追悼 「死絵」の世界』(国立劇場)という国立劇場資料展示室での展覧会図録があります。死絵は浮世絵師の歌川国芳や歌川豊国なども描いており、美術館でも死絵はコレクションされています。

――現在でいうところの「訃報」記事みたいな扱いだったのでしょうね。

――あと、日本の死というテーマで忘れてはいけないのが『増補 日本のミイラ仏』(臨川書店)という、「即身仏」にまつわる本ですね。日本でも即身仏は有名ですが、インターネットを見てみると海外でも人気があるそうですね。

 

――お寺にある即身仏は通常は非公開・撮影禁止というものが多いため、貴重な資料ですね。

藤井:本書の面白いところが、例えば山形にあるミイラ化した男根に関する逸話ですね。即身仏になるために修行をしていた男性が、昔馴染んだ女郎から「結婚してくれ」と言い寄られたとき、自分のペニスを切り落として「私をあきらめろ」と、渡したものらしいです。以来、その女郎にたくさん客がつくようになって大儲けしたそうで、このペニスはいろんな人の手に渡り今ではこうしてまつられているという……。

――男根崇拝的な逸話つきの、霊験あらたかな男根なんですね。

藤井:男女に絡む話だと、東北地方で若くして死んだ者を供養するために絵馬の中に故人と架空の相手の婚礼の様子を描いた「ムカサリ絵馬」も興味深い。ムカサリ絵馬はしばしば生きている者と死者、もしくは死者同士の婚姻である冥婚と結び付けられて論じられてきました。本当は東北大学で行われていた「ムカサリ絵馬」の展覧会の図録を紹介したいんですが、どうしても入手できないため、今回は遠野市立博物館の『供養絵額 : 残された家族の願い』(遠野市立博物館)を紹介したいと思います。

――冥婚もムカサリ絵馬も初めて知りました。

藤井:供養絵額はムカサリ絵馬ではないですが、死者のために、絵馬の中に宴などを描いて供養するというものですね。冥婚に関する本も3〜4冊程度あるのですが、絵が載っているものはあまりありません。

――冥婚というのは、いま時分なかなか興味深い儀式ですね。

藤井:最新の日本の死に関する本として、写真家の千賀健史氏の『The Suicide Boom』という444ページの写真集を紹介して今回は終わりましょう。本書は58冊限定で企画展中に販売されていました。「444」というページ数も然りなのですが、「58」というのは日本の1日の平均自殺者の人数に由来しています。写真だけではなく、三原山火口に女学生が飛び込んだのを機に起きた自殺ブームなど、自殺にまつわるさまざまな歴史も反映しています。

――「自殺ブーム」というまた知らない単語が……。まだまだ、勉強することはたくさんありそうですね。

書肆ゲンシシャ
大分県別府市にある、古書店・出版社・カルチャーセンター。「驚異の陳列室」を標榜しており、店内には珍しい写真集や画集などが数多くコレクションされている。1000円払えばジュースか紅茶を1杯飲みながら、1時間滞在してそれらを閲覧できる。
所在地:大分県別府市青山町7-58 青山ビル1F/電話:0977-85-7515
http://www.genshisha.jp

伊藤綾
1988年生まれ道東出身。いろんな識者にお話うかがったり、イベントお邪魔したりするのが好き。サイゾーやSPA!、マイナビニュース、キャリコネニュース等で執筆中。友人や知らない人と毎月1日に映画を観る会(@tsuitachiii)を開催

【ゲンシシャ連載】
第1回:店主が明かす超絶コレクションの秘密
第2回:死後写真集&隠された母
第3回:フォトショ以前のコラージュ写真と戦前の犯罪現場写真集
第4回:アートの題材となった死体写真
第5回:今では考えられない昔の医療
第6回:妊娠するラブドールに死体絵画
第7回:「見世物・フリークス」の入門書からポストカードまで
第8回:性器図鑑、変態性欲ノ心理、100年前のスパンキング写真集
第9回:超激レア本から学ぶ“切腹女子”たちの歴史とは?
第10回:食人を扱った奇書の数々
第11回:産道から出てくる赤ちゃんを接写… 超タブー「出産写真集」
第12回:UFO、UMA、心霊写真を網羅したオカルト事典の数々!
第13回:“純粋な興味”を喚起する殺人現場写真集!
第14回:奇形や奇病を記録した危ない医学・医療写真の数々

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文=伊藤綾

1988年生まれ道東出身。いろんな識者にお話うかがったり、イベントお邪魔したりするのが好き。サイゾーやSPA!、マイナビニュース、キャリコネニュース等で執筆中。友人や知らない人と毎月1日に映画を観る会(@tsuitachiii)を開催

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