【実話怪談】祖母を狂わせた『でる家』― 彼女の背後に立つ”白いドレスの巨人”
※当記事は2019年の記事を再編集して掲載しています。

――恨み、妬み、嫉妬、性愛、恋慕…作家・川奈まり子がこれまで取材した“実話怪談”の中から霊界と現世の間で渦巻く情念にまつわるエピソードを紹介する。
『でる家』(後編)
この出来事を、聡さんと弟は、両親に打ち明けることができなかった。
厳粛であるべき弔いの場で、オバケが出たと言いだすのは気が引けたのだ。何をふざけているのかと叱られるのがオチだと思われた。
しかし葬式が済むまで、弟と2人きりになるたびに、「怖いね」「もう出ませんように」と、揃って顔を引き攣らせながら囁き合ったのだという。
その後、祖母の家はしばらくの間、空き家になった。
父が相続したのだが、人に貸すでもなく、ただ所有して、税金だけを払っていた。両親の間ではその件について何か話し合われていたに違いないが、聡さんには知らされなかった。
彼自身は、受験勉強で忙しく、それどころではなかった。
だから、大学に合格して間もなく、「ずっと空けておくのももったいないから、おまえが住んでみたらどうだ?」と父が提案してきたのは青天の霹靂であった。
父は、母とはすでに打ち合わせ済みで、ようするにこれが進学祝いということのようだとすぐに理解できた。
「いいの? やった! ありがとう!」
祖母の葬儀から2年余りも経っていた。聡さんは、そのときには、もう、あの男の子のことはすっかり忘れ去っていたのである。
彼は小躍りして喜んだ。祖母の家は家族向けに建てられた二階建ての建物で、庭まで付いている。今まで親から与えられていた6畳の子ども部屋とは解放感が大違いだ。好きなだけ友だちも呼べる。今はあてが無いが、恋人ができたら連れ込んであんなことやこんなこともできるだろう……。
4月、自分の持ち物を祖母の家に運び入れて片づけが済むと、まずは高校時代からの親友を呼び寄せた。

来る前に状況を説明した際、その友人は、聡さんの期待通り、大いに羨ましがってくれた。「いいなぁ! チクショウ!」と言って。
けれども、玄関に足を踏み入れた瞬間から、奇妙にモヤついた顔をして、挙動不審になった。
聡さんは得意になって、まずは家中くまなく案内したのだが、その間、やけにビクビクして、突然後ろを振り向いたり、天井を見あげたりしていたのだ。
「どうしたの? さっきから、おまえ変だよ?」
ついにたまりかねて聡さんは親友を問い詰めた。
すると申し訳なさそうに、「ここちょっといるかもね」と答えるではないか。
「いるって、何が?」と聡さんは訊ねた。
友はそれにはすぐに答えず、「この家って誰が住んでたの?」と質問をした。
「言わなかったっけ? 祖母が住んでたんだよ。その前は祖父やうちの父や叔父さんたちも……。もっと前はどこかの外交官の家族が暮らしてたんだってさ」
「その中に、3、4歳くらいで死んだ人は?」
「知らないよ! いないと思うよ。なんで?」
友人は困り切った顔をした。「言えよ!」と聡さんは迫った。
そうしたところ、ややあって、ようやく友は重い口を開いたのだった。そして言うことには――。
「階段のいちばん上の段に、3つか4つの小さな裸の男の子が座っていて、僕たちをじっと見ていたんだ。……実は僕、霊感があるんだよね。あの子は悪気がなさそうだから無視していいよ」
こう聞かされて聡さんは「ええっ! 霊感あるの?」と、ひどく吃驚してしまったが、同時に、祖母の死の前後に現れた男の子かと理解した。
友人はさらに続けて「他にもいる」と話しはじめた。
「50代か60代のおじさんと女の人もいるよ。おじさんは2階にいて、女の人は1階の和室にいる」
1階の和室といえば仏間しかない。
「1階にいるのは、たぶんおばあちゃんだな」
聡さんは怖がりつつも、幾分ホッとして、こう述べたのだが。
「それはどうだろうな……?」と、友人は曖昧に首を傾げたのだった。
親友は帰り際、彼に、幽霊たちに花や水などはあげずに、いつも通りの生活をしろとアドバイスした。
そこで、聡さんはなんとなく不気味に思いながらも、なるべく気にしないことにしようと決意した。
なんと言っても、彼には霊の姿が見えないのだ。気にかけても仕方がないではないか。

ひと月ばかりは、何事もなく過ぎた。
聡さんは2階にある、階段にいちばん近い1室を寝室にすることにして、夜はその部屋で過ごす習慣がついた。
階段を下りると玄関が目の前なので、寝室に引き揚げる前に鍵を掛けたかどうか確認するのも毎晩のならいになった。
その日は、大学でサークル活動に参加して、とりわけくたびれていた。そこで、まだ午後の6時で日が出ていたが、帰宅するとすぐにシャワーを浴びて寝室に引っ込み、ベッドに横になった。
すぐに睡魔が襲ってきた。うつらうつらしかかったときである。
タン! タンタンタンタン!
階段を駆けあがる足音が聞こえてきて、彼は飛び起きた。
非常にリズミカルで軽い足音だ。
すばしっこく上がり切った。かと思ったら、この部屋のドアを叩きはじめた。
ドンドンドンドン!
「うるさい!」
聡さんはベッドから下りながら怒鳴った。
弟が来たのだろうと思ったのだ。なぜなら他にこんなことをしそうな者はなく、また、弟はときどき予告なしに訪ねてきたからである。
ドンドンドンドン!
尚もノックは執拗に続いた。
「しつっこいなぁ! 疲れてるんだよ。静かにしろよ」
聡さんは腹を立てたが、疲れていたので、弟と喧嘩する気力もなかった。だからのろのろとドアの方に歩み寄りつつ文句を言っていたのだが、ドアノブに手を掛ける寸前に、ノックが止んで階段を駆け下りる音がした。
「え?」
ドアを開けてみると、もう誰の姿も無かった。
逃げ足の早い奴め、と、舌打ちして、彼はその後、再びベッドに戻ってひと眠りした。

それから夕食を食べるために、元々住んでいた家――両親と弟がいる、徒歩5分かからない近さの――に出向いた。
それもまた、この春からの彼の習慣であった。
そこでは当然、弟とも顔を合わせる。
「あっ! おまえ、さっきうちに来て、寝室のドアをしくこくノックしただろう! ああいうの、やめろよな!」
出会い頭に苦情を述べた聡さんに、弟は「?」という表情を返した。
「なんのこと? 僕、今日はそっちに行ってないよ」
「嘘つけ!」
「ううん。本当に行ってない。第一、僕は鍵を持ってないじゃん! 急に行くことはあるけど、いつもインターホンを鳴らして、お兄ちゃんに玄関を開けてもらってるでしょ?」
……言われてみれば、そうなのだった。
弟は前触れなしに来ることはしばしばだが、勝手に家の中に上がり込んだことはなかった。合鍵は両親が保管しているが、どこにしまってあるか、弟は知らないだろう。聡さんだって、そんなことは知らない。
「足音がしたんだよ。猿みたいにすばしっこい、軽い足音だ。それが階段を上ってきて、誰かがドアを叩いたんだ」
「僕じゃないってば」
「わかったよ。でも、じゃあ、誰?」
――あの男の子か。
お互いに表情を読み合うだけで、同じことを考えているのがわかった。
その夜、聡さんは初めて金縛りというものを体験した。
真夜中に突然目が覚めてしまい、瞼は開くのだが声が出せず、首から下はまったく動かせない状態に陥ったのだ。
なんとか動こうと焦っていたら、家のどこかがギシッと大きな音を立てて軋んだ。
立て続けにギシギシと軋む。
しかも、あちこちから聞こえはじめた。
――こういうのは、家鳴りというのだ。
古い家ではよくあること。寒暖差や湿度の関係で、木や鉄で出来た建材が収縮あるいは膨張して擦れ合い、音を立てているに過ぎない。単なる物理現象だ。
そう、頭ではわかっていた。
しかし気持ちが追いつかない。
――怖い。
翌日から、聡さんは1階の仏間に蒲団を敷いて寝ることにした。
前夜、心の中で南無阿弥陀仏と唱えたら、家鳴りは鎮まらなかったものの、金縛りが解けたので、お経から仏壇、仏間を単純に連想したのである。
それにまた、仏壇にいるおばあちゃんたち先祖代々の霊が護ってくれるような気もした。
ところが、以後、夜に限らず、昼間から家鳴りがするようになった。

「このうち、家鳴りが多くない? あちこちギィギィいってるよね」
「まあ、古いからね。築60年ぐらいになるんじゃないかな」
「へえ。凄いね。言われてみれば、昭和レトロって雰囲気。素敵だね」
夏、聡さんには彼女が出来た。
そこで家に連れてきたわけだが、いつにも増して家中が鳴り騒ぐ。
――今日ぐらいは静かにしてくれよ。頼みますよ。
聡さんは心の中で家にいるであろうオバケたちに懇願した。が、家鳴りは続いた。気のせいではなく、いつもより喧しい。
「お仏壇に挨拶してもらいたいんだけど、いいかな?」
「もちろんいいけど、信心深いのね。私そういうの嫌いじゃないわ」
仏壇に向かって彼女と並んで手を合わせた。聡さんは胸のうちで「家鳴りが鎮まりますように。変なことが起きませんように」と真剣に祈った。
祈り終わると、彼女がぐるりと辺りを見渡して、家のことをまた褒めた。
「本当に素敵! 広々してて、開放的で!」
開放的な雰囲気になったのは、聡さんが居間と仏間を仕切っていた引き戸を取り外したためだ。居間は洋室、仏間は和室だから違和感があるが、お陰で空間が広がった。
聡さんと彼女は居間に移動しておしゃべりに興じた。その後、彼女が見たい番組があると言ってテレビを観はじめたので、聡さんは昼食の準備をするために台所に行った。昼食と言っても、ごく簡単なものだ。すぐに料理が出来あがり、聡さんはそれをトレイに載せて、居間へ運んだ。
居間の戸口に立ったとき、仏間の方がやけに暗く感じた。
仏間には掃き出し窓があり、本来、居間より採光がよくて明るいのだ。
奇妙だなと思いつつ、居間の中へ足を踏み入れた。
そして、ギョッと目を見張った。
「わあ、ゴハン作ってくれてたの! ありがとう! トイレかと思ってた!」
何も知らない……気がついていない彼女の後ろに、部屋の境目を塞ぐようにして巨大なものが仁王立ちしている。
彼女は仏間に背を向けて置いたソファに座っていた。その真後ろに、異常に身長が高くて横幅も広い、白いドレスを着た女がいる。
顔が仏間の鴨居に隠れて見えないほどの背丈。身長2メートル、体重は……200キロ以上あっても不思議ではない。
関取のような体格に、エレガントな純白のドレス。これだけでも破壊力のある外見だが、さらに、艶のあるカールした髪がキラキラと波打ちながら膝まで届いていた。
そんなものが、彼女の後ろに。
「どしたの? 鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔してるよ? こっちに何かあるの?」
彼女は体をひねって自分の後ろを振り返った。すぐそこに奇怪なものが佇んでいるわけだが。
「べつに、なんにもいないじゃん。私がそのトレイ、ここのテーブルに運ぼうか?」
「ううん。やっぱり台所の方で食べよう。ダイニングなら調味料も取りやすいし、仏壇が見えるところで食事するのって、やっぱり何となく、ね?」
「ふうん。本当に信心深いのねぇ……。まあ、思ってたよりつまらない番組だったから、ここじゃなくてもいいけど!」
彼女には、巨大な女のことを話せなかった。

気づいていないなら、それでいい。怖がらせたくなかったし、特別な霊感がある男だと思われるのも厭だったのだ。
霊感がある友人が、以前この家に来たとき、女性の霊もいると言っていたことを聡さんは思いだした。
――子どもと60代ぐらいの男性と女性がいると言っていたっけ。
では、現れていないのは、男性の霊だけということになる。
聡さんは、再び、居間と仏間を引き戸で仕切ることにした。ただし、かつてのように閉めっぱなしにはせず、気分に応じて、開けたり閉めたりするのである。
それから間もない、ある日のこと。
彼は明け方の4時ぐらいに金縛りにあいながら目が覚めた。
――ああ、またか。
仏間で寝ても、あれ以降、たまに金縛りにかかるようになっていた。いつも南無妙法蓮華経と胸の内で唱えると自然に解けた。
もう慣れていたし、金縛りになったからといって普段はそれ以上の異変が起きるわけでもなかった。
だから初めは落ち着いていたのだが、突然、廊下側の戸が細く開いて、そこから浴衣を着た小さな男の子が飛び出したので、心臓が止まるかと思うほど驚いた。
3、4歳の元気そうな子で、可愛らしい顔立ちをしている。浴衣は白地に藍染めで柄が入ったものに、兵児帯を締めている。帯のタレと浴衣の裾をヒラヒラさせながら、その子は蒲団の周りを走りはじめた。
ピタピタと畳を叩く、湿っぽい裸足の音まで聞こえる。障子越しの差す暁の薄明が艶々したふくらはぎを照らし、浴衣の布を透けさせた。
呆気に取られているうちに、男の子は聡さんの蒲団の周囲を二周したかと思うと、引き戸を小さく開けて、隙間から滑り込むように居間の方へ出ていった。
姿が見えなくなった途端に、金縛りが解けた。
そこで起きあがって居間との境の引き戸と廊下側の戸をあらためて見ると、どちらも幼児が擦り抜けられるほどの隙間が開いていた。
床に就く前に、いずれもしっかり閉めたのだが。
引き戸を大きく開けて居間に入ったが、子どもの姿はなく、居間にある廊下側のドアは閉まっていた。
――消えた!
生きている普通の子どもと変わらないように見えたのだが……。
あの子ならば、怖くない。
そう聡さんは思った。
そしてこれ以降、この家に居ついている小さな男の子については、幽霊ではなく、座敷童のようなものかもしれないと考えるようになった。

それから4年ほど経ったある晩、午前2時くらいのこと、仏間で蒲団に横になってラジオを聴いていたところ、すぐ近くで男が咳払いをした。
家には自分しかいないはず。しかし、確かに聞こえた。
空き巣狙いの泥棒が入った可能性もあると思い、恐る恐る家中を点検して、戸締りを確かめたが、おかしなところは見受けられなかった。
そういえば……と、60代ほどの男性の霊がいると指摘されたことが頭に蘇り、ついに出たのだろうと合点がいった。
そう腑には落ちても、あまり良い気持ちはしない。
蒲団を被って眠ってしまおうと決めて、仏間に戻り、寝る体勢になった。
しかしなかなか寝つけない。悶々としていたら、深夜3時ぐらいに再び金縛りになり、今度はスーッと押し入れが開いて奇妙なものが現れた。
例の男の子と同じぐらいの背丈だが、顔や手足が皺だらけで肩ぐらいまである白髪を振り乱した、羽織袴の男である。
それが、憤怒の形相でこちらに迫ってきた。
――やられる!
危機感を覚えたが、身動きが取れず、逃げられない。
気ばかり焦る。そのうち、そいつは首に両手を掛ける構えでのしかかってきた。
と、そのとき、白い腕が横合いからシュッと出てきて、男と聡さんの間に割り込んだ。
――おばあちゃんだ!
なぜか刹那にそう閃いた。すると金縛りが解け、同時に男の姿が掻き消えた。
――おばあちゃんが助けてくれたんだ。
聡さんは仏壇にある祖母の位牌に手を合わせて、感謝した。
彼は今でもその家で暮らしており、男の子の足音を聞いたり気配を感じたりすることがあるのだという。
押し入れから出てきた小さな男や、部屋の境に立っていた巨大な女は、あれきり目にしていないとのことだ。
(了)
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