「幽霊は撃ってよい」—— 新聞が本気で呼びかけたオーストラリアの“怪異パニック”

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画像は「Public Record Office Victoria」より

 19世紀末のオーストラリアで、「幽霊が多すぎる」という理由から、新聞が“ある過激な提案”を行っていた――。

 それは、「幽霊を見たら撃て」というものだ。

 一見すると荒唐無稽な話に思えるが、当時の社会ではこの問題が現実の治安課題として扱われていた。果たして、この“ゴースト騒動”の正体とは何だったのか。

幽霊が「社会問題」になった時代

 19世紀後半のオーストラリア(特にビクトリア植民地)では、“幽霊の目撃”が異常な頻度で報告されるようになっていた。

 夜道に現れる白い人影、墓地周辺を徘徊する謎の存在、家屋の周囲に出没する正体不明の気配――。こうした証言は一部の地域に限らず、各地で相次いでいたと記録されている。

 当初は単なる怪談や噂話として扱われていたものの、やがて状況は変わる。目撃報告は増え続け、住民による通報が警察に殺到。巡回や確認に人員が割かれるなど、実務レベルでの影響が無視できないものとなっていった。

 この現象は当時、「ghost nuisance(幽霊による迷惑行為)」と呼ばれていた。つまり、幽霊は単なる不可思議な存在ではなく、社会秩序を乱す“実害を伴う存在”として認識され始めていたのである。

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画像は「 Trove 」より

 さらに興味深いのは、こうした騒動が都市部だけでなく、地方のコミュニティにも広がっていた点だ。夜間の外出を避ける者が増え、地域によっては警戒心が常態化し、住民同士の疑念すら生まれていたとされる。

 幽霊という曖昧な存在が、恐怖を媒介として現実の行動や社会の空気を変えていく――。この時代に起きていたのは、単なる怪異の流行ではなく、人々の心理が連鎖的に増幅した“パニック現象”だったのかもしれない。

新聞が提案した「幽霊を撃て」という解決策

 こうした“幽霊騒動”が拡大する中で、当時の新聞は次第に強硬な論調を見せ始める。

 そしてついに打ち出されたのが、にわかには信じがたい提案だった。

――幽霊を見たら撃て。

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画像は「Public Record Office Victoria」より

 現代の感覚では明らかに過激で危険な主張だが、当時の記事には、ある種の「合理性」が与えられていた。その論理は単純である。

 もし相手が本物の幽霊であれば、銃弾は効かない。だがもし人間による悪戯であれば、撃たれることで抑止になる。

 つまり、「どちらにせよ問題は解決する」という発想だ。この考え方の背後には、当時の社会が抱えていた苛立ちが透けて見える。警察は対応に追われ、住民は不安を募らせる一方で、正体の見えない存在に振り回され続けていた。

 その結果、「もはや正体が何であれ排除すべきだ」という極端な空気が生まれていったのである。

 さらに一部の論調では、幽霊の正体は“ほぼ人間のいたずら”であるとの前提が共有されつつあったとも指摘されている。白い布をまとって人々を脅かす者、夜陰に紛れて不審な行動を取る者――そうした存在に対する怒りが、「撃て」という言葉に集約されていったとも考えられる。

 不可視の存在に対して、可視の暴力で対処しようとする――。そこには、理不尽な恐怖に対する、人間なりの極端な合理化があった。

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幽霊の正体は“人間”だったのか

 では、実際にこの“幽霊騒動”の正体は何だったのか。

 当時の記録や後年の検証を辿ると、その多くは超自然的な存在ではなく、現実的な要因で説明できるケースが少なくない。

 典型的なのは人為的ないたずらだ。白い布や衣服をまとい、夜間に出没して人々を驚かせる――いわば“幽霊役”の存在である。こうした行為は単なる悪ふざけにとどまらず、地域全体の不安を煽る結果を生んでいた。

 さらに、動物の誤認も頻発していた。暗闇の中で形の判別がつかない状態では、猫や犬、あるいは家畜ですら異様な存在に見えてしまう。中には、頭に何かを被った動物が奇妙なシルエットとなり、“幽霊”として通報された例もあったという。

 加えて、光や影の錯覚も無視できない要因だ。街灯の少ない時代、月明かりや室内の灯りが作り出す影は、時に人の姿のように見えることがある。そうした視覚的な誤認が、恐怖と結びつくことで“確信”へと変わっていった可能性もある。

 つまり、この騒動の多くは、「何かがいた」のではなく、「何かがいるように見えた」ことから始まったのかもしれない。

 ただし、ここで興味深いのは、それでもなお目撃証言が減らなかった点だ。一度広がった恐怖は、単なる事実の訂正では収まらない。噂は噂を呼び、人々の意識の中で“幽霊”という存在が半ば現実のものとして固定されていった。

 正体が解明されつつも、現象そのものは消えない――。この矛盾こそが、この“ゴースト騒動”の本質だったのかもしれない。

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画像は「Public Record Office Victoria」より

怪異は存在するのか、それとも“作られる”のか

 この“ゴースト騒動”が示しているのは、幽霊の実在そのものよりも、人間がいかにして“見えないもの”を現実化してしまうか、という点にある。

 目撃談は連鎖し、噂は増幅し、やがてそれは疑いようのない“出来事”として共有されていく。たとえ個々の事例が誤認やいたずらであったとしても、それらが積み重なることで、ひとつの現象として社会に定着してしまうのだ。

 当時のオーストラリアで起きていたのは、まさにそうした心理の連鎖だったと考えられる。幽霊は「いた」から広まったのではなく、「いると信じられた」ことで現実の影響力を持つようになっていった。

 そしてその結果として、「撃ってもいい」という極端な結論にまで至る。これは単なる奇妙な歴史の一幕ではなく、不確かな情報が不安を呼び、不安が過激な行動を正当化していくという、人間社会の構造そのものを映し出している。

 現代においても、似たような現象は決して珍しくない。正体不明の出来事、断片的な情報、そして拡散される噂。それらが組み合わさることで、“存在しているかのように感じられる何か”は、いくらでも生まれうる。

 幽霊がいたのか、それとも人間が幽霊を作り出したのか――。

 その境界線は、思っているよりもずっと曖昧なまま、今も私たちのすぐそばにあるのかもしれない。

参考:Public Record Office Victoria、ほか

TOCANA編集部

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