人間は必ず「反時計回り」に動く—— 33回の実験で確認された文化も性別も関係ない謎の本能

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 満員の駅構内、人で埋まったイベント会場、ぐるぐると回る盆踊りの輪——。私たちは普段、群衆の中をどう動くかを意識することはほとんどない。だが、その無意識のふるまいの中に、人類すべてに共通する奇妙な「クセ」が隠れていたとしたら、どうだろう。スペインと日本の研究チームが、人間は群衆の中で動くとき、ほぼ例外なく「反時計回り」に曲がろうとするという驚くべき傾向を突き止めたのだ。年齢も性別も、生まれ育った文化さえも関係ない。その正体をめぐり、科学者たちは今、頭を悩ませている。

33回中32回、人は左へ回った

 この研究を主導したのは、スペインのナバラ大学に所属するイニャキ・エチェベリア・ウアルテ氏と、東京大学(※当時、現在は早稲田大学高等研究所)のフェリシャーニ・クラウディオ氏からなる共同チームだ。成果は2026年6月10日付で学術誌『ネイチャー・コミュニケーションズ』に発表された。

 チームは、狭い空間と開けた空間の両方で、歩行者の動きを観察する実験を繰り返した。すると、行われた33回の試行のうち、実に32回で人々が「反時計回り」、つまり進行方向に対して左へ左へと回り込んでいく傾向が確認されたという。たった1回の例外を除いて、群衆は判で押したように同じ方向へと流れていったのだ。これは個人の気まぐれや、その場の偶然では説明がつかない数字だ。何らかの普遍的な力が人間の動きを一方向へ方向づけている——研究チームはそう考えざるを得なくなった。

性別も文化も超えた「人類共通のクセ」

 研究チームは、この偏りを生む要因を突き止めるべく、考えうる変数を片っ端から検証した。年齢、利き手、性別、グループの人数、そして文化的背景。実験はスペインと日本という地理的にも文化的にも遠く離れた二国で行われ、さらにアルゼンチンでも同様のパターンが見られたという観察報告も添えられている。

 東洋と西洋、右利きと左利き、男性と女性——。これだけ条件を変えても、反時計回りへの偏りはびくともしなかった。文化や習慣で説明できる現象であれば、国や地域によって方向に違いが出てもおかしくない。だが、結果はどこまでも一貫していた。

 唯一、わずかな違いが現れたのが「年齢」だった。子どもは大人よりも、さらに強く反時計回りを好む傾向を示したという。まるで人間が本来もっている「左へ回る本能」が、年齢を重ねるにつれて経験や社会的なふるまいによって少しずつ薄められていく——そんな図式すら想像させる結果である。

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「目」でも「地球の自転」でもない——消去法で残る謎

 では、いったい何がこの偏りを生んでいるのか。研究チームは、もっともらしい候補から順に否定していった。

 真っ先に疑われたのは「視覚」だ。利き目の影響で、人は無意識に片側へ寄っていくのではないか——。チームは被験者の左右どちらかの目を覆って同じ実験を行ったが、それでも反時計回りの傾向は消えなかった。目の問題ではない、というわけだ。

 次に浮上したのが、地球規模の物理的な力という、いかにもオカルト心をくすぐる仮説である。台風や排水口の渦の向きに影響するとされる「コリオリの力」や、地球の磁場が人間の動きを左へ捻じ曲げているのではないか、と。だがチームはこれらの可能性も退けた。一人の人間がほんの数歩動く程度のスケールでは、地球の自転がもたらす力はあまりに微弱で、行動を左右するとは考えにくいというのだ。

 消去法の末に研究チームが「もっとも有力」とみているのが、人体そのものに潜む「生体力学的な非対称性」だという。私たちの身体は、左右が完全に対称にはできていない。その微妙な歪みやアンバランスが、一歩一歩の積み重ねの中で、ごくわずかに身体を左へと向かわせている可能性がある。ただし、それが具体的に脚なのか、骨格なのか、神経系のどこなのか——その肝心な部分は、まだ解き明かされていない。

「直感的な空間」への応用も

 一見すると雑学的にも思えるこの発見だが、その射程は意外に広い。研究チームは、この知見が心理学だけでなく、建築や工学、デザインの分野にも応用できる可能性を指摘している。人間が自然と動きたくなる方向をあらかじめ織り込んでおけば、より直感的で快適な空間の設計につながるかもしれない、というわけだ。人混みでなぜか右に避けようとした相手とぶつかってしまう、あの気まずい瞬間にも、もしかすると人類共通の「左へ回る本能」が関わっているのかもしれない。

 人間の身体に刻み込まれた、この説明のつかない方向感覚。それが単なる骨格の歪みの産物なのか、それとも進化の過程で身についた何らかの意味をもつ性質なのかは、まだ誰にも分からない。今度、人混みの中を歩くとき、自分の足がどちらへ向かおうとしているのか、そっと意識してみてはいかがだろうか。あなたの身体もまた、知らず知らずのうちに左へと回り込んでいるはずだ。

参考:The Debrief、ほか

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