【500年の謎】ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』に隠された6つの秘密のシンボル —— マグダラのマリア、消えた光輪、パンの楽譜

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レオナルド・ダ・ヴィンチ – パブリック・ドメイン, リンクによる

 世界で最も有名な「ディナーの絵」と言えば、レオナルド・ダ・ヴィンチが1495年から1498年にかけてミラノの修道院の食堂壁に描いた『最後の晩餐』をおいて他にない。教科書、パロディ、Tシャツ、果ては『シンプソンズ』まで、目にしない日はないくらいだ(おおげさだが)。

 だが、世界中の何百万人もの目にさらされながら、その絵には500年間「ほぼ誰も気づかなかった」秘密がいくつも仕込まれている、と言われ続けている。中には陰謀論寄りのものも、ガチの美術史家が認めるものもある。今回は、そんな『最後の晩餐』に隠されているとされる6つのシンボルを、軽くつまみ食いするように紹介しよう。

1. ヨハネは女装男子? それともマグダラのマリア?

 最大の論争はやはりここから始まる。キリストの右隣(向かって左)に座る人物だ。伝統的には「愛弟子」聖ヨハネとされているが、ふんわりとした髪、なめらかな頬、髭ゼロのアンドロジナスな顔立ちは、どう見ても他の屈強なオッサンたちの中で浮いている。

 ダン・ブラウンの小説『ダ・ヴィンチ・コード』(2003年)以降、陰謀論の世界では「これはマグダラのマリアであり、レオナルドは彼女がキリストの妻だったことを暗号化したのだ」という説が大流行した。決定打とされるのが、キリストとこの人物の間にできるネガティブスペース(隙間)が見事な「V」の字を形成していること。古代の象徴体系で「V」は聖杯=女性の子宮を表す。さらにふたりの体のラインを合わせると、巨大な「M」(Mary、あるいはMatrimony=結婚)に見える、というのだ。

 ただし美術史家たちは至って冷静で、「ルネサンス絵画では純潔を象徴するために若い男性を中性的に描くのが常套手段だった」と説明する。とはいえ、一度「V」と「M」を見つけてしまうと、もう脳が勝手にパターンを補完してしまう。それこそがこの絵が500年間バズり続けている理由なのかもしれない。

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レオナルド・ダ・ヴィンチ – パブリック・ドメイン, リンクによる

2. 光輪がひとつもない問題

 キリスト教絵画の鉄則として、聖人の頭の周りには「光輪(ハロー)」を描くのが普通である。だが、『最後の晩餐』にはそれが一切ない。キリストにすらない。

 ルネサンス期の他の宗教画では、当然のように金の輪っかが浮かんでいるのに、レオナルドはバッサリ省いた。代わりに彼は、キリストの背後の窓から差し込む自然光と、消失点を頭部に集中させる遠近法で「自然な聖性」を演出している。神々しさをわざわざ金ピカで強調しなくても、構図と光で表現できる——そう言わんばかりの自信である。

 ちなみに窓の外の風景は、当時のイタリアの牧歌的な田園にも見える。神話の舞台というより、ご近所の昼下がりに紛れ込ませた感がすごい。「神は近所にいる」という暗喩なのか、単にレオナルドが背景マニアだったのか、判断は読者にお任せしたい。

3. 宙に浮く「謎の手」と隠された短剣

 絵をよく見ると、ぞっとする要素がある。テーブルの左側(キリストから見て右側)、ペテロの後ろあたりから、ニュッと突き出された手が短剣(または小刀)を握っているのだ。誰の手なのか、人体の構造的にどう繋がっているのかが、いまだに一部美術史家の間でも議論になっている。

 通説では、このナイフを持つ手はペテロのものとされている。ただ、腕の伸び方が独特で、一見すると「誰の手なのかわかりにくい」ため、長年にわたってさまざまな解釈を呼んできた。

 ただし問題は、その手の位置と角度がペテロの肩からだと相当無理があること。「実は別人物の手で、裏切り者ユダへの警告だ」「いやレオナルドの構図ミスだ」など、説は乱立している。500年経っても解剖学的に説明しきれない手が浮いている時点で、もうそれだけでミステリーである。

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レオナルド・ダ・ヴィンチ – パブリック・ドメイン, リンクによる

4. パンと手の配置に隠された「秘密の楽譜」

 2007年、イタリアのコンピュータ技師ジョヴァンニ・マリア・パラ氏が「『最後の晩餐』には音楽が隠されている」と発表し、世界を驚かせた。

 彼の主張はこうだ。絵の上に楽譜の五線を重ねると、テーブルの上のパンと使徒たちの手の位置が、ちょうど音符のように五線の上に並ぶ。それを右から左へ(レオナルドが鏡文字を多用したのと同じ向きで)読み解くと、レクイエム調の40秒ほどの旋律が浮かび上がる、というのである。

 もちろん美術史の本流は懐疑的で、「パンと手の数だけ並べれば、五線譜のどこかにそれっぽい音は乗る」とにべもない。だがレオナルドが熱心なリュート奏者でもあり、音楽と数学を等価に扱った天才だったことを考えると、「ありえなくはない」と思わせる説得力がある。沈黙の絵から旋律が立ち上るかもしれない——というロマンが一人歩きするには十分な仕掛けだ。

5. 「3」と「12」の数字遊び

 レオナルドは数学と幾何学に取り憑かれた男だった。『最後の晩餐』にも、その執着がしっかり刻まれている。

 使徒は12人、それを3人ずつ4つのグループに分けて配置している。「3」はキリスト教における三位一体の聖数であり、「4」は地上の四元素や四方位を意味する。背景の窓も3つ、キリストの頭は中央の窓を背にした完全な正中軸上にあり、ピラミッド型のシルエットを形成する。

 つまり画面全体が「3の倍数」と「対称性」で律されており、観る者は無意識のうちに、キリストへ視線が吸い込まれていく。これは絵画というより、ほとんど「視覚を操作する装置」である。数学が信仰の道具にもなる、という当時のルネサンス精神を、これほどクリアに具現化した絵もそうそうない。

6. ユダだけがやっている「あること」

 最後はもうひとつ、見落とされがちなディテール。テーブルに並ぶ人物の中で、ユダ(左側、ペテロのすぐ前)だけが、塩の入った小さな器をひっくり返しているように見える、とされている部分だ。

 西洋では古来、塩をこぼすことは「裏切り」「不吉」の前兆とされてきた。今でも欧米のレストランで塩をこぼすと、左肩越しに少しまくジェスチャーをする人がいるのは、この迷信の名残である。レオナルドは、まさに裏切ろうとしているユダの手元に、最も分かりやすい「裏切りの記号」をそっと置いた、というわけだ。

 ついでにユダの右手は、銀貨が入っているとされる小さな袋を握りしめている。30枚の銀貨でキリストを売った男のディテール芸が細かすぎる。レオナルドの皮肉なのか、当時の宗教画のお約束だったのか、解釈は分かれる。

 

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 500年も世界中の目にさらされながら、まだ議論の種が尽きない絵——『最後の晩餐』はもはや「鑑賞する絵」ではなく「読み解くゲーム」ともいえる。マグダラのマリア説のように後世の創作が混じったものから、消えた光輪や数字の配置のように学術的にも妥当性が認められたものまで、その秘密は玉石混交だ。だが、どこまでがレオナルドの仕掛けで、どこからが人間の「パターン探し癖」なのか——その境界線こそ、この絵が永遠に色褪せない最大の魔法なのかもしれない。次にこの絵を見たときは、ぜひ自分の目で「V」と「M」を探してみてほしい。一度見つけたら、たぶんもう、元の見方には戻れないかもしれない。

参考:Mental Floss、ほか

TOCANA編集部

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