【古代の超絶技巧】当時の技術では「彫刻不可能」だった!? 2700年前の“真珠の印章”が考古学者を困惑させている理由

「古代の道具では絶対に作れないはず」——2700年前のアッシリア印章を飾る真珠母貝の「不可能な工芸技術」の画像1
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 職人なら誰しも「この素材で作るのは無理だ」と匙を投げたくなる瞬間があるだろう。ところが約2700年前、その「無理ゲー」にあえて挑んだ古代人がいたらしい。

 イスラエル中部で出土した小さな印章が、考古学者たちを困惑させている。なぜなら、それは当時の技術では彫刻が「不可能」だったはずの素材で作られていたからだ。

もろすぎる真珠母に、なぜ刻んだ?

 問題の品は、地中海とエルサレムの間に位置するテル・ハディド遺跡(アル・ハディサ)で2019年に発見された。約2700年前のスタンプ式印章だ。

 印章そのものは、この地域・時代にはありふれた品だ。粘土に押し当てて所有者の証とした、いわば古代の実印である。

 ところが、テルアビブ大学の考古学者イド・コッホ氏らの調査チームが目を凝らすと、ただ事ではない特徴が浮かび上がった。学術誌『レヴァント』に発表された論文によれば、この印章の素材は真珠母——貝殻の内側で虹色に光る、あの真珠層だったのだ。

画像は「The Debrief」より

 鉄器時代の印章は、普通は硬くて丈夫な石で作られる。当然だ。何度も押印に耐える実用品なのだから。

 それをわざわざ、もろくて欠けやすい貝殻で作るとは、いったいどういう了見か。コッホ氏らによれば、これほど繊細な素材に当時の鉄器時代の道具で彫刻を施すのは「極めて困難」、平たく言えばほぼ「不可能」だったという。研究チームは、これを南レヴァント地方の印章コレクションでは前例のない素材だと位置づけている。

「餅は餅屋」「適材適所」が古代オリエントの常識だったとしても、作者はそれを完全に無視している。それでも誰かはこの面倒な仕事をやり遂げた。問題は、なぜそんな苦行をあえて選んだのか、だ。

紅海から数百キロを旅した貝と、アッシリア帝国の影

 謎を解く鍵は、貝の「出身地」にあった。

 調査の結果、この真珠母は紅海とペルシア湾に生息する「クロチョウガイ(Pinctada margaritifera)」のものと判明した。つまり原材料は、はるばる数百キロの距離を旅して、この内陸の集落までたどり着いたことになる。

 ここで歴史が顔を出す。紀元前8世紀後半、イスラエル王国はアッシリア帝国に征服された。この超大国は、支配下に置いた人々を帝国内のあちこちへ強制的に移住させる政策で知られている。

 その結果、本来なら交易路でしか結ばれないはずの異なる文化が、移住先で混ざり合った。コッホ氏らは、この奇妙な印章こそ、そうした激動の時代を映す鏡だと見ている。

 研究チームは、印章の材料が強制移住させられた家族の手で、なけなしの貴重品として運ばれてきた可能性を指摘する。あるいは、帝国の繁栄が生んだ商業網を通じて輸入された品なのかもしれない。

 いずれにせよ、たった一枚の小さな印章が、帝国の興亡と人々の流転を雄弁に物語っているわけだ。

「不可能」に挑んだ無名の職人

 もろい素材、長い旅路、そして帝国の影。この印章が「不可能」を体現しているのは、技術的な意味だけではないのかもしれない。

 故郷を追われ、見知らぬ土地へ移された人々が、それでも手元に残した一枚の貝殻。そこに込められたのが望郷の念だったのか、信仰だったのか、単なる職人の意地だったのかは、今となっては誰にもわからない。

 ただ一つ確かなのは、約2700年前、「そんなの無理だ」という常識を、ある無名の職人が静かに覆してみせたという事実である。不可能を可能にするのは、いつだって理屈より「どうしても作りたい」という執念なのかもしれない。

参考:The Debrief、ほか

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