死者と目が合った者から順に狂い、病み、死んでいく —— 中世アイスランドの記録に残る「ゾンビ病」連鎖の恐怖

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 死んだはずの者が墓から起き上がり、生きている人間に近づいてくる。目が合った者は正気を失い、やがて熱にうなされて命を落とす。そして死んだその人物が、今度は次の誰かに取り憑く——。

 まるでゾンビ映画のあらすじのようだが、これは13〜14世紀に書かれた中世アイスランドの古文書「サガ」に、繰り返し記録された「現実の恐怖」である。研究者キルシ・カネルヴァ氏が2014年の論文でこれらの記述を分析し、当時の人々が信じた「生ける屍が広める病」の実態を浮かび上がらせた。

幽霊は「透けていない」——北欧の生ける屍「ドラウグ」

 日本人が「幽霊」と聞いて思い浮かべるのは、多くの場合、足がなく、ふわふわと宙に浮く半透明の存在だろう。ところが中世アイスランドの死者は、まったく毛色が違う。

 サガに登場する死者「ドラウグ(ドラウグル)」は、生前と変わらぬ肉体を持ち、地面をしっかり踏みしめて歩く。殴れば手応えがあり、掴めば力比べになる、れっきとした「実体」なのだ。透けて消える西洋的なゴーストとは真逆の、いわば動く死体――現代のゾンビにきわめて近い。

 厄介なのは、この生ける屍が単に人を襲うだけではない点だ。ドラウグはその存在そのものが、周囲の人間に「病」をもたらす感染源として描かれている。

「見た者」から順に、狂い、病み、死んでいく

 サガが語る恐怖には、決まった「型」がある。まず生者が死者と遭遇する。次にその者は精神に異常をきたし、正気を失う。やがて体が病に侵され、最後には死に至る――遭遇、狂気、発病、死という無慈悲な四段階の連鎖だ。

 たとえばグリーンランドへ向かう船が難破する物語では、亡霊が関わる形で六人もの死者が続けざまに出る顛末が記される。

 ある物語では、羊飼いが死者と出くわして以来すっかり人が変わってしまい、別の物語では、女性が死者の姿を目にし、その中に「自分自身」の姿を見つけて戦慄する場面まで登場する。

 そして最も恐ろしいのがこの連鎖の「オチ」だ。死者に取り殺された者は、そのまま安らかに眠るとは限らない。今度は自分が墓から起き上がり、次の生者に取り憑く側へと回る。一人の犠牲者が新たな感染源となり、村全体へ死が広がっていく――まさに「ゾンビ病」と呼ぶにふさわしい伝播の構造である。

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なぜ人々は本気で信じたのか

 荒唐無稽な作り話と切り捨てるのは簡単だ。だが、当時の人々がこれを大真面目に恐れた背景には、彼らなりの一貫した「理屈」があった。

 中世アイスランドでは、感情は心臓に宿る物理的な現象だと考えられていた。恐怖もまた、心を弱らせるだけの無害なものではなく、肉体そのものを蝕む実体を持った力だと信じられていたのだ。

 だとすれば、死者への強烈な恐怖が人を発病させ、死に追いやるという発想は、当時の常識の中では筋の通った「医学」だったことになる。

 孤立した農場、日照の乏しい厳しい冬、そして高い死亡率。人がひっそりと死んでいくのが日常だった土地で、原因不明の病や連続する死を説明する物語として、生ける屍の伝説は驚くほどリアルな説得力を持っていたのだろう。

「死人に口なし」とはいうが、中世アイスランドの死人はどうやら口どころか足まで達者だったらしい。

 恐怖が人を殺し、殺された者がまた恐怖を振りまく――。ウイルスの正体を知らなかった時代の人々が見つめていたのは、案外、感染症のパンデミックそのものだったのかもしれない。

参考:Above the Norm News、ほか

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