誰も“自分の領土だ”と名乗らない謎の土地「ビル・タウィール」 ── 現代に残る地図の空白

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ビル・タウィールの衛星写真(赤線内)。Landsat 8 / OLI、パブリック・ドメイン、元画像リンク

 世界地図を眺めると、すべての土地はどこかの国の色に塗り分けられているように見える。だが実際には、どの国家も領有を主張しない「空白地帯」が現代にも存在する。その最も有名な例が、エジプトとスーダンの国境付近に位置する「ビル・タウィール」だ。

 面積はおよそ2060平方キロメートル。四国のざっと半分ほどのこの土地は、砂漠と岩だらけの不毛の地で、恒久的な居住者もなく、道路もインフラも存在しない。そして何より奇妙なのは、隣接する両国が「あれはうちの土地ではない」と競うように主張していることだ。

 国際法上、このような土地は「テラ・ヌリウス(terra nullius)」と呼ばれる。ラテン語で「誰の土地でもない」を意味するこの概念は、かつて植民地時代に欧米列強が未開拓地を占有する際の法的根拠として使われた言葉でもある。その言葉が、21世紀の現代において現実のものとして地図に残っているのだから、なかなか皮肉な話だ。

イギリスが引いた「2本の線」が生み出した矛盾

 この奇妙な状況の起源は、19世紀末から20世紀初頭のイギリス植民地支配にある。

 1899年、イギリスとエジプトは協定を締結し、北緯22度線をエジプトとスーダン(当時は英エジプト共同統治領)の境界と定めた。この線で区切ると、ビル・タウィールはスーダン側に入り、その北東に位置するハライブ・トライアングルはエジプト側に入る。

 ところが1902年、イギリスはもう一本「行政上の境界線」を引いた。これは地理的な経緯線ではなく、実際にその土地を使っていた部族の生活圏を考慮したものだった。ビル・タウィールは、エジプト南部のアスワン近郊を拠点とするアバブダ族の放牧地として使われていたためエジプトの管轄に入り、逆にハライブ・トライアングルは文化的にスーダン(ハルツーム)寄りの住民が多かったためスーダン側に組み入れられた。

 つまりこの2本の線は、ビル・タウィールとハライブ・トライアングルの帰属を真逆にしてしまったのだ。明治時代に書かれた古地図と昭和時代に定めた条約が正反対のことを言っている──そんな状況が、現代まで解決されずに残っていると思えばイメージしやすいかもしれない。植民地時代に「とりあえず」で引かれた2本の線が、後の世に解決不能な矛盾を生み出した典型例だ。

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画像は「Wikipedia」より

「要らない土地」の隣に「欲しい土地」がある

 ではなぜ、エジプトもスーダンもビル・タウィールを「自国の領土だ」と主張しないのか。話の核心はここにある。

 鍵を握るのは、ビル・タウィールの隣に位置するハライブ・トライアングルだ。面積はおよそ2万580平方キロメートルとビル・タウィールの約10倍、しかも紅海に面した海岸線を持ち、資源的・戦略的な価値が格段に高い。エジプトもスーダンも、このハライブ・トライアングルを「自分たちの土地だ」と主張している。

 ここに先ほどの2本の線が絡んでくる。1899年の境界線(北緯22度線)を正しいとすれば、ハライブ・トライアングルはエジプト領、ビル・タウィールはスーダン領になる。1902年の行政境界線を正しいとすれば、ハライブはスーダン領、ビル・タウィールはエジプト領になる。つまり、どちらの境界線を採用するかによって、2つの土地の帰属が丸ごと入れ替わる構造になっているのだ。

 エジプトは1899年の線を主張し(=ハライブが欲しい)、スーダンは1902年の線を主張する(=ハライブが欲しい)。その結果、どちらの立場をとっても、ビル・タウィールは「相手の国の領土」になってしまう。ビル・タウィールを「自国の領土だ」と宣言した瞬間、より価値の高いハライブへの主張権を失うことになる──だから、どちらも言えないのだ。損得勘定で考えると実に合理的な話なのだが、そのあおりを食らったビル・タウィールは、誰にも「うちの子」と言ってもらえない土地になった。

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イメージ画像 Created with AI image generation

「娘をお姫様にしたい」──自称国王まで現れた

 このユニークな無主地には、ある種のロマンを感じる人も多い。2014年、アメリカ・バージニア州在住のジェレマイア・ヒートンは、娘から「お姫様になりたい」と言われたことをきっかけにビル・タウィールへ赴き、自らデザインした旗を植えて「北スーダン王国」の建国を宣言した。娘を「王女」にするために国を作る──そのあまりにも壮大な親心は、当時メディアでも大きく取り上げられた。

 もっとも、国連やいかなる国家もこの「王国」を承認しておらず、国際法上の効力はゼロだ。それでもこうした話が次々と生まれること自体、ビル・タウィールという土地の持つ不思議な引力を示している。世界中の「マイクロネーション」(自称国家)愛好家たちが同地への領有を主張してきたが、いずれも公式な承認には至っていない。

 広大な砂漠の中に静かに存在し続けるビル・タウィール。植民地時代の遺産が生み出した「誰のものでもない土地」は、地政学のパラドックスとして、そしてちょっとした夢の舞台として、今日も地図の上に白いまま残っている。

参考:Wikipedia、ほか

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