理想郷はなぜ地獄へ堕ちるのか?歴史に刻まれた「失敗したユートピア」たち

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イメージ画像 Created with AI image generation (OpenAI)

 腐敗した社会から逃れ、誰もが平等で豊かに暮らせる理想郷「ユートピア」。その甘美な響きは、いつの時代も人々を惹きつけてきた。特に19世紀のアメリカでは、カリスマ的な指導者の下で、資本主義や既存の社会規範から解放された共同体を築こうとする試みが数多く生まれた。

 しかし、その多くは悲劇的な結末を迎える。自然との一体化や精神的な高みを求めたはずの場所は、やがて内紛、困窮、そして時には狂気と暴力に支配されるディストピアへと変貌していく。夢と現実のあまりにも大きな隔たり。ここでは、歴史に刻まれた「ユートピア」の失敗例から、天まで届かんとする人間の野心と、地に足のつかない脆さを垣間見てみよう。

理想は高く、現実は厳しく―スキル不足で崩壊した思想家たち

 ユートピア建設には、崇高な理念だけでは足りない。それを支える現実的なスキルがなければ、理想はあっという間に瓦解する。

■フルーツランズ(Fruitlands)

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1915年に撮影されたフルーツランヅの農家 By Possibly Clara Endicott Sears – Google Books, Public Domain, Link

 1843年、マサチューセッツ州に設立された農耕共同体。設立者は、かの有名な『若草物語』の作者ルイザ・メイ・オルコットの父、エイモス・ブロンソン・オルコットと思想家のチャールズ・レーンだ。彼らは産業革命の強欲さを嫌い、自然回帰を目指す徹底したヴィーガン共同体を夢見た。

 しかし、大きな問題があった。哲学や思想については一流の彼らだったが、肝心の農業の知識が誰一人としてなかったのだ。食料はみるみる底をつき、生活環境は劣悪化。共同体は絶え間ない内輪揉めに明け暮れた。この悲惨な経験は、後に娘ルイザによって『超絶主義者の野生のオート麦』という風刺的な短編小説に描かれている。結局、この理想郷はわずか7ヶ月で崩壊した。

■ブルック農場(Brook Farm)

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ブルック農場を設立したジョージ・リプリー 写真:Mathew Brady(Library of Congress所蔵)
パブリックドメイン

 1841年に設立されたこの共同体は、もう少し現実的だった。「共有の労働と利益」を掲げた株式会社としてスタートし、学校運営を主な収入源としていた。しかし、数年後にはより社会主義的なモデルへと移行。フランスの思想家シャルル・フーリエの構想に基づき、都市と農村を一体化させる巨大な共同住居「ファランステール」の建設を開始した。

 だが、完成間近だったその建物は、1844年に火事で焼失。共同体は経済的に壊滅的な打撃を受け、数年のうちに解散へと追い込まれた。火事がなければ、また違う未来があったのかもしれない。

救世主が招いた地獄―カリスマが築いた歪んだ理想郷

 ユートピアはしばしば、救世主のようなカリスマ的指導者によって率いられる。しかし、そのカリスマ性が人々を破滅へと導くこともある。

■ジョーンズタウン(Jonestown)

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写真提供:The Jonestown Report
CC BY-SA 3.0

 これは、ユートピアの試みが招いた史上最悪の悲劇として知られる。カルト教団「人民寺院」の教祖ジム・ジョーンズは、核戦争と人種間戦争が迫っているという妄想に取り憑かれ、信者たちを南米ガイアナのジャングルへと移住させた。

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ジム・ジョーンズ 写真:Nancy Wong
CC BY-SA 4.0

 しかし、そこは楽園ではなく、教祖が信者を支配し虐待する独裁国家だった。1978年、虐待疑惑の調査に訪れた米国の議員団が信者によって殺害されると、ジョーンズは「最後の時が来た」と宣言。信者900人以上に毒入りの飲料を飲むよう命じ、自らも銃で命を絶った。その犠牲者には、多くの子供や赤ん坊も含まれていた。

■コロニア・ディグニダ(Colonia Dignidad)

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ビジャ・バビエラ入口を示す碑 Xarucoponce投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

 1961年、児童性的虐待の容疑から逃れるため、西ドイツからチリへと渡ったキリスト教牧師パウル・シェーファー。彼が築いた「尊厳の植民地」と名付けられたこの共同体は、裏でチリの独裁政権と手を結んでいた。政治的保護と免税の見返りに、彼は共同体を反体制派の拷問・殺害施設として提供。シェーファー自身も、共同体内で信者への虐待を繰り返した。独裁政権の崩壊後も、この地獄はしばらく続いたという。現在、この場所が「ビジャ・バビエラ」という名の観光地になっているという事実は、あまりにも皮肉だ。

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ビジャ・バビエラの建物 Xarucoponce投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

自由の果ての仲間割れ―カウンターカルチャーの儚い夢

 自由を求め、既存の社会構造を破壊しようとした試みもまた、内側から崩れていく運命にあった。

■ドロップ・シティ(Drop City)

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By Richertc at English Wikipedia – Transferred from en.wikipedia to Commons., Public Domain, Link

 1965年、コロラド州の荒野に生まれたヒッピー・コミューン。自動車の廃材や金属スクラップで建てられた幾何学的なドームハウスは、カウンターカルチャーの象徴となった。彼らは「ドロップ・アート」と呼ばれるゲリラ的な芸術活動の一環として、この共同体を「住めるアート作品」と見なしていた。

 そのユニークなライフスタイルはメディアの注目を集め、全米から多くの若者が集まってきた。しかし、人が増えるにつれて哲学的な対立が深刻化し、創設メンバーが次々と去っていく。やがて共同体は完全に放棄され、最後まで残っていたドームも90年代後半に取り壊された。

■オナイダ・コミュニティ(Oneida Community)

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By Moulton & Dopp — Photographer – This image has been extracted from another file, Public Domain, Link

 1848年にニューヨーク州で始まったこの急進的なキリスト教共同体は、「フリーラブ(自由恋愛)」や「複合結婚(多夫多妻制)」を実践したことで知られる。指導者のジョン・ノイズは、信者が神と完全に一体化できると説いた。一見、自由奔放な共同体に見えるが、内部には多数の委員会や評議会を持つ複雑な官僚機構が存在していた。

 しかし、指導者ノイズが息子に権力を譲ろうとしたことから内紛が激化。さらに、ノイズ自身に法的訴追の危機が迫ると、彼はカナダへ逃亡。指導者を失った共同体は、1880年に株式会社へと姿を変えた。このユートピアの残滓は、現在もテーブルウェアメーカー「Oneida」として存続しており、ステンレス食器の最大手の一つとなっているのは、歴史の面白い巡り合わせだ。

 これらの失敗したユートピアの物語は、単なる過去の奇妙なエピソードではない。それは、完璧な社会を夢見る人間の根源的な欲求と、エゴや現実認識の欠如といった普遍的な限界を映し出す鏡なのだ。 人間が夢を見ることをやめない限り、理想郷を求める旅もまた終わらない。

 ただ、天国を目指したはずの道が、いつの間にか地獄への一本道になっていないか、時々は振り返ってみる必要がありそうだ。

参考:Mental Floss、ほか

TOCANA編集部

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