逃げる気配ゼロで「席に座ったまま」全滅… 戦闘潜水艦「H.L.ハンリー」の謎
逃げる気配ゼロで「席に座ったまま」全滅… 100年ぶりに引き揚げられた戦闘潜水艦「H.L.ハンリー」の不気味な謎

潜水艦の事故と聞いて、我々が真っ先に想像するのは、浸水や酸欠の恐怖の中で乗組員たちがハッチに群がり、絶望的な脱出を試みる凄惨な光景だろう。
しかし、アメリカ南北戦争の末期に沈没し、100年以上経ってから引き揚げられた歴史的な潜水艦の内部は、発掘者たちの予想を完全に裏切る、異様すぎる空間だった。
乗組員8人全員が、パニックを起こした形跡も、逃げようとした形跡も一切なく、それぞれの持ち場で「静かに座ったまま」白骨化していたのだ。
彼らはなぜ、ただ静かに死を受け入れたのか? 17年越しに解明されたこの「密室ミステリー」の真相とは。
敵艦を沈め、自らも沈んだ「世界初の戦闘潜水艦」
1864年、南軍(南部連合)によって建造された潜水艦「H.L.ハンリー」は、サウスカロライナ州チャールストン港で、北軍の軍艦「USSフーサトニック」を魚雷で撃沈することに成功した。これは人類史上初めて、戦闘用潜水艦が敵艦を沈めた歴史的瞬間だった。
しかし、その栄光の夜、ハンリー号自身もジョージ・E・ディクソン中尉を含む8人の乗組員とともに海の底へと姿を消した。
それから130年以上が経過した20世紀末、ついにハンリー号は海底から引き揚げられた。
当時の研究者たちは、分厚い鉄のハッチをこじ開けようとして折り重なるように倒れた乗組員たちの無惨な姿を想像していた。ところが、ハッチを開けてみると、そこには「平穏」という言葉が似合うほど整然とした光景が広がっていた。
8人の男たちは誰一人として席を立とうとせず、自分のステーション(持ち場)で静かに座ったまま息絶えていたのだ。

忠誠心か、集団自殺か? 17年間の空白
「私がこれまで見た中で最高の素晴らしいクルーだ」
沈没の17日前、ディクソン中尉は手紙にそう書き残している。いくら最高のクルーとはいえ、浸水していく鉄の棺桶の中で、誰もパニックを起こさずに持ち場を守り続けることなどあり得るだろうか?
酸素が徐々に薄れていく中で、彼らは集団で死を受け入れたのか? それとも何らかの有毒ガスで一瞬にして意識を失ったのか? この不気味すぎる「死の配置」は、その後17年間にわたって科学者たちを悩ませ続けた。
実験で判明した「見えない衝撃波」の恐怖
この謎に終止符を打ったのは、2017年にデューク大学の研究チームが発表した論文だ。
研究者たちはハンリー号の6分の1スケールの模型を作り、水中で爆発実験を行った。彼らが着目したのは、ハンリー号が敵艦を沈めるために使った「魚雷」そのものだ。
現代の我々が想像する「発射して飛んでいく魚雷」とは違い、当時の魚雷(約60kgの黒色火薬)は、潜水艦の舳先からわずか16フィート(約5メートル)しか離れていない長い棒の先に取り付けられ、敵艦に直接突き刺して爆発させるという、いわば「自爆攻撃スレスレ」の代物だった。

実験の結果、敵艦で魚雷が爆発した瞬間、凄まじい「衝撃波」が水中を伝わり、ハンリー号の船体を激しく歪ませていたことが判明した。この衝撃波が乗組員たちの肺や脳などの柔らかい臓器を一瞬にして破壊(衝撃波外傷)し、彼らが「自分が沈んでいることに気づく間もなく」即死していたことが科学的に証明されたのだ。
チームの計算によれば、各乗組員がこの爆発を生き延びる確率は「16%未満」だったという。
つまり、彼らが逃げようとしなかったのは、勇敢だったからでも絶望したからでもない。「逃げる間もなく、一瞬で命を奪われていたから」なのだ。
人類初の潜水艦による撃沈記録を作った男たちは、勝利の余韻に浸る暇すら与えられず、その瞬間に歴史の一部として「凍りついて」しまったのである。
深海から引き揚げられた鉄の棺桶は、戦争の残酷さと、人間の想像を超える物理エネルギーの恐ろしさを、今も静かに物語っている。
参考:Popular Mechanics、ほか
※ 本記事の内容を無断で転載・動画化し、YouTubeやブログなどにアップロードすることを固く禁じます。
関連記事
人気連載
“包帯だらけで笑いながら走り回るピエロ”を目撃した結果…【うえまつそうの連載:島流し奇譚】
現役の体育教師にしてありがながら、ベーシスト、そして怪談師の一面もあわせもつ、う...
2024.10.02 20:00心霊逃げる気配ゼロで「席に座ったまま」全滅… 100年ぶりに引き揚げられた戦闘潜水艦「H.L.ハンリー」の不気味な謎のページです。潜水艦、白骨化、魚雷、南北戦争などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで