約2400年前の「ゴールデン・マン」が遺した“25文字”の謎 —— 半世紀、誰も読めなかった刻印に突破口

By eggry – https://www.flickr.com/photos/eggry/45844312504/, CC BY-SA 2.0, Link

 中央アジアの草原の地下から、全身を黄金でまとった若き戦士が現れた——。カザフスタンの国民的シンボルとなった「ゴールデン・マン」の話である。

 だが、この豪奢な副葬品のなかで研究者たちを最も長く悩ませてきたのは、金の装飾ではない。遺骸のかたわらに置かれた、なんの変哲もない小さな銀の椀だ。その表面には約25文字の謎めいた刻印が刻まれていた。半世紀以上ものあいだ、誰一人として確実に読み解けなかった古代の暗号である。

「黄金人」とともに眠っていた小さな銀の椀

 発見は1969年にさかのぼる。カザフスタン南東部、アルマトイの東約50キロに位置するイシク古墳(クルガン)で、考古学者たちは4000点を超える金の装飾品と、驚くほど保存状態のよい遺物を掘り当てた。

 墓の中心部はすでに古代のうちに盗掘されていたが、脇の副葬室は無傷のまま残されていた。眠っていたのは、16歳から18歳ほどと推定される若い戦士の遺骸だ。

 その装束は動物をかたどった精緻な文様の金の飾り板でびっしりと覆われ、ここから「ゴールデン・マン」「黄金の戦士」の呼び名が生まれた。紀元前4世紀、この地を駆けたサカ人(スキタイ系の遊牧民)のエリート層の墓とされている。

 副葬品には青銅の鏡や武器も含まれ、そのなかに問題の銀椀が被葬者の頭のそばに置かれていた。刻印は椀の外側に、ルーン文字のような記号として2行にわたって彫り込まれている。

イシク碑文(Wikimedia Commonsより、パブリックドメイン)

半世紀を阻んだ「読めない文字」——テュルクか、イランか

 この文字が厄介なのは、既知のどの体系にもぴたりと当てはまらない点にあった。後世のテュルク系ルーン文字とは異なり、イシクの刻印は左から右へと読み、母音を明示的に記すという特徴を持つ。

 初期の解読は、まさに百家争鳴だった。原テュルク語だと主張する研究者もいれば、東イラン語系の起源を唱える者もいた。背景には、そもそもサカ人がどの民族・言語に属していたのかという、より大きな論争が横たわっていた。

 一つの転機は1992年に訪れる。言語学者のヤーノシュ・ハルマッタ氏が、古代インドで用いられたカローシュティー文字を手がかりに解読を試み、この言語をホータン・サカ語の一方言と同定した。

 刻印は死者のためにワインと調理した食物を納めた器を意味する、という趣旨の読みを示したのである。もっとも、この解釈は広く受け入れられず、古代の書記体系の正体は依然として霧のなかにあった。

2023年、ロゼッタストーン方式で開いた突破口

 大きな前進があったのは2023年のことだ。ドイツ・ケルン大学の研究チームが、これまで「未知のクシャーナ文字」と呼ばれてきた文字体系の部分的な解読に成功したと発表し、それをイシクの刻印と直接結びつけた。

 チームが用いたのは、タジキスタンやアフガニスタンで新たに見つかった、二言語・三言語併記の碑文だった。エジプトのヒエログリフがロゼッタストーンで読み解かれたのと同じ原理——すでに読める言語と対照させ、未知の文字に音価を与える手法である。

 研究チームは、この文字が未知の中期イラン語を記録していると結論づけ、暫定的に「エテオ・トカラ語」と名づけた。バクトリア語やサンスクリット語と並ぶ、クシャーナ帝国の公用語の一つだったという。

 解読の過程では「王の中の王」といった王名や称号が浮かび上がり、各文字の音を特定する決定的な手がかりとなった。この成果は、イシクの刻印がクシャーナ文字の初期形態であり、草原を移動したイラン語系の遊牧民が用いていた、とする仮説を強く後押しする。

黄金人がなおも守り続ける“沈黙の残り”

 草原の遊牧民と、後に壮大な帝国を築いたクシャーナ朝。その両者を橋渡しする鍵として、イシクの刻印は今あらためて注目を集めている。約2400年前の遊牧民が定住する諸帝国とどれほど深く結びついていたのか——その手がかりが、頭のそばの小さな銀椀に託されていたことになる。

 ゴールデン・マンは今、カザフスタンの国家的遺産の象徴として記念碑や通貨を飾っている。だが刻印の解読はまだ道半ばだ。残された文字の全貌が明かされるとき、私たちは草原に消えた戦士たちの肉声を、初めて聞き取ることになるのかもしれない。

参考:Ancient Origins、ほか

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