米政府が「見せたくない」発明が6543件存在する? 冷戦期の法律が生んだ“誰も中身を確かめられない闇”

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「水で走るエンジンを発明した男がいた。だが政府が乗り込んできて、すべてを取り上げた。石油業界の利益を守るために」

 TOCANA読者なら、この手の話を人生のどこかで一度は聞かされたことがあるはずだ。細部は語り手によって変わるが、結末だけは必ず同じである。発明は闇に葬られ、発明者は表舞台から消える。

 典型的な陰謀論だ、と片付けるのは簡単だ。実際、水エンジンが実在したという信頼できる証拠は存在しない。

 だが、この種の伝説を「あり得る話」に押し上げてしまう法律が、アメリカには実在する。

発明秘匿法(Invention Secrecy Act of 1951)

 米科学誌『Popular Mechanics』が2026年7月22日付で報じたところによれば、その法律は「1951年発明秘匿法」(Pub. L. 82-256, 66 Stat. 3)という。

 仕組みはこうだ。米国特許商標庁に提出された特許出願に対し、国防総省からNASA、エネルギー省、NSAに至るまで、機密指定権限を持つ連邦機関が介入できる。当該出願に「国家安全保障を損なうおそれ」がある情報が含まれると判断すれば、秘匿命令(secrecy order)を発令し、出願の公開も特許の登録も停止させることができる。

 ルーツは両大戦にある。レーダー技術やマンハッタン計画をはじめ、防衛技術の秘匿は当時の最優先事項だった。

 戦後、ソ連という新たな敵が軍事力と国内浸透工作を組み合わせてくると見た米国は、「国家安全保障」の名のもとに大量の立法を行う。発明秘匿法もその一つとして、恒久法の形で残った。

 建前としては、発明者の権利にも配慮されている。秘匿命令の有効期間は原則1年で、継続の要否は毎年見直される。特許を差し止められたことで生計に影響が出た発明者には、金銭補償を受ける権利もある。

「国家安全保障」を定義する者がいない

 問題は、その建前を支える言葉が、ことごとく定義されていない点にある。

 何をもって「機微情報」とするのか。そもそも「国家安全保障」とは何を指すのか。軍事防衛に限られるのか、それとも経済も含まれるのか。

 仮に経済も含まれるとすれば、巨大産業を根底から覆しかねない発明は、たとえそれが消費者に多大な利益をもたらすものであっても、「経済安全保障上の脅威」として封じ込める理屈が成立してしまう。そして、その理屈を誰が主張でき、その主張の妥当性を誰が検証するのかについて、法は何も語っていない。

 科学系メディア『Popular Mechanics』は、この法律が特定の企業利益を守る目的で意図的に使われたと示す証拠は現時点で一切ない、と明確に断ったうえで、こう指摘している。問題は「使われた証拠がない」ことではなく、「使えてしまう構造なのに、それを防ぐ仕組みが見当たらない」ことだ、と。

訴えようにも、何を訴えているか言えない

 不当に発明を封じられたと考えた発明者は、裁判所に訴えることができるのか。

 理屈のうえでは可能だ。だが、致命的な障害がある。その発明について誰にも話すことが法的に許されていない以上、どうやって不当性を立証するのか。

 この矛盾は、法の制定から数年後に実際に法廷で争われたという。同誌が伝えるところによれば、物理学者オットー・ハルパーンは、1941年に発明したレーダー関連装置の秘匿をめぐって政府を提訴した。

 政府側の主張は徹底していた。曰く、秘匿命令が解除されるまで、その命令に関する訴訟は一切提起できない。だが解除の判断権を握っているのは政府自身である。つまりこの論法が通れば、政府はあらゆる訴訟を無期限に封じ込められることになる。

 第2巡回区連邦控訴裁判所はこれを退けた。国家機密が公衆に露出しない非公開審理の形をとるのであれば、訴訟は進行しうる、との判断である。

 結局、政府は裁判そのものを避けてハルパーンと和解した。同誌によれば、支払われたのは34万ドル(2026年の貨幣価値でおよそ390万ドル=約6億3600万円)と、本人の要求による国防総省のメダルだったという。

 ハルパーンの一件は、発明秘匿法の影響を受けた発明者として実名が判明している、きわめて稀な事例である。

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6543という数字を、正確に読む

 さて、ここからが本題だ。

 同誌は、2025会計年度に出願された78万8000件超の特許のうち6543件が発明秘匿法で制限された、と記している。だが、この数字には注意が必要である。

 米科学者連盟(FAS)が米国特許商標庁から取得して公表している統計によれば、6543件とは2025会計年度末時点で有効に存続している秘匿命令の累計だ。同年の新規発令は102件、解除は30件にすぎない。その年に7000件近くが新たに封じられたわけではない。

 そして、実態のほうが不気味である。

 秘匿命令は名目上1年で失効するが、更新回数に上限がない。担当機関が毎年「まだ必要だ」と認定し続ける限り、その発明は永久に地下へ留め置かれる。毎年100件前後が加わり、解除されるのはその3分の1以下。沈殿し続けた結果が6543件である。

 しかも新規102件のうち18件は、政府が一切の権利を持たない民間発明者への発令だという。統計上「John Doe」秘匿命令と呼ばれるものだ。政府が資金を出した研究でも、政府職員の発明でもない完全な私人の発明が、本人の意思と無関係に公表を禁じられている。

日本にも「秘密特許」は復活している

 ここまで読んで、対岸の火事だと感じただろうか。

 日本には戦後長らく秘密特許制度が存在しなかったが、2022年5月に成立した経済安全保障推進法により、特許出願非公開制度として復活している。運用開始は2024年5月1日だ。

 制度の骨格は米国と似ている。特許庁による第一次審査で特定技術分野に該当するかが選別され、該当したものが内閣府による「保全審査」に送られる。そこで「国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明」と判断されれば保全指定がなされ、出願公開も特許査定も留保される。出願人は、指定された発明を実施することも第三者に開示することも原則として禁じられる。

 保全指定の期間は1年を超えない範囲で定められるが、必要な間は何度でも更新できる。この一点において、構造は米国の発明秘匿法とまったく同じである。

「隠されている」と「隠されているものが何かを知る術がない」は違う

 米政府が発明秘匿法を使って発明者を貧困に追いやったとか、まして口封じのために誰かを殺害したとかいう主張を裏づける証拠は存在しない。有効な6543件の秘匿命令の中に、常温核融合装置や永久機関や万能治療薬が眠っていると考えるべき理由もない。中身の大半は、暗号技術や兵器システム、素材工学といった、ごく順当に軍事転用可能な技術だと見るのが自然だろう。

 しかし、動かせない事実が一つある。

 現在、米政府が公衆に知られたくないと明示的に判断した発明が6543件、確かに存在する。そしてその一件たりとも、何であるか、なぜ秘匿されているかを外部から確かめる手段はない。

 フリーエネルギー運動の主張者たちがこの法律を好んで援用してきたのは、まさにこの構造ゆえである。

 政府は特定の特許が秘匿リストに載っているかどうかを肯定も否定もしない。ならば、誰であれ「自分の画期的な発明はISAで封印された」と主張できてしまう。反証もまた不可能だからだ。

 発明者が困窮のうちに亡くなってしまえば、物語はいっそう完成度を増す。ニコラ・テスラが政府による発明抑圧の殉教者として繰り返し召喚されるのも、彼の死の直後に米政府が実際にその書類を接収した事実があるからにほかならない。

 陰謀論が育つのに必要なのは証拠ではない。検証を許さない空白である。発明秘匿法は、その空白を制度として、しかも合法的に、75年にわたって供給し続けてきた。

 最も優秀な陰謀論の作り手は、いつの時代も政府自身なのかもしれない。

参考:
Michael Natale, “There Are Thousands of Inventions the Government Doesn’t Want You to See. A Shady Law Is Hiding Them.”, Popular Mechanics,
Federation of American Scientists「Invention Secrecy Statistics」(米国特許商標庁提供データ)
特許庁「特許出願非公開制度について
内閣府「特許出願の非公開に関する制度における実施状況」(PDF)

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文=渡邊存瀰

4代目TOCANA編集長。UFO/UAP、都市伝説、怪談、超常現象を主な取材領域とする。元プロギタリスト。
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