「人間の脳」を組み込んだデータセンターが稼働開始! AIを動かす生体プロセッサの衝撃… 『マトリックス』の始まりか?

シャーレの中で培養された、生きた人間の脳細胞。それがいま、AIを動かす「プロセッサ」として働き始めている。
2026年8月、オーストラリア以外では初となる「生物学的データセンター」がシンガポールで稼働を開始した。手がけたのは、人間の脳細胞にシューティングゲームをプレイさせて世界を驚かせたメルボルンの新興企業だ。
SNSにはさっそく「マトリックスの始まりでは」という声が並んでいる。だが当事者たちが語る目的は、まったく別のところにあった。
シャーレの脳細胞が情報を処理する——豪州発の技術がアジアへ上陸
施設を開設したのは、メルボルンに拠点を置くバイオテック企業コーティカル・ラボ(Cortical Labs)だ。シンガポールのデータセンター企業デイワン(DayOne)、および国立シンガポール大学と提携し、アジア初となる生物学的データセンターを立ち上げた。
現時点ではあくまでプロトタイプという位置づけである。ラボ内では研究者が人間の脳細胞の培養を管理し、その細胞群がAIシステムのための情報処理を担う。
開設の場には一般市民や研究者、テクノロジー業界の関係者が集まり、稼働中のシステムのライブデモが披露された。
コーティカル・ラボの名は、今年に入って一度大きく報じられている。培養した人間の脳細胞に、1993年のシューティングゲーム『DOOM』をプレイさせることに成功したのだ。
ゲームで遊ぶ脳細胞から、データセンターで働く脳細胞へ。わずか数カ月での飛躍である。
次トークン予測90%、シリコンの「75%の壁」を超えた非線形テスト
同じ方向を目指す動きは米国でも起きている。今回の発表の直前、米企業パラズマ(Parasma)が、人間の脳細胞にデータ処理をさせるためのアルゴリズムとインフラを開発中であることを明らかにした。
同社CEOのショーン・コール氏は、かつてコーティカル・ラボと協働し、脳細胞に『DOOM』をプレイさせたプロジェクトに関わった人物でもある。
パラズマによれば、テストでは培養された脳細胞が定義済みの課題を解くことに成功し、次に来る要素を予測する「次トークン予測」の精度は90%に達したという。これは現在の大規模言語モデルの根幹をなす処理そのものだ。
さらに、難度の高い非線形テストでは78.1%の精度を記録した。標準的なシリコン製コンピュータチップの上限とされる75%を上回ったとされる。
数字だけを見れば、培養皿の細胞が半導体を追い抜いた瞬間ということになる。
省エネの切り札か、それとも『マトリックス』の入り口か
推進側が繰り返し強調するのは、倫理でも神秘でもなく「電力」だ。
AIを動かす現行のシリコンチップは、膨大な電力を食う。これを脳に似たオルガノイド(培養された細胞の集合体)に置き換えれば、デジタル計算機が必要とする電力のごく一部で済むと、3者による共同声明は主張している。
コーティカル・ラボ創業者のホン・ウェン・チョン氏は、この方式をアジアのデータセンター産業のハブであるシンガポールを皮切りに、世界規模へ展開する構想を語っている。
想定する用途として挙げたのは、創薬、ヒューマノイドロボティクス、サイバーセキュリティ、そして詐欺検知。プロトタイプの完成によって、議論の段階は研究から商業応用へ移ったとの見方を示した。
国立シンガポール大学で神経生物学プログラムを率いるリッキー・パタニ氏も、シリコンに代わる効率的な選択肢であると同時に、学習や適応のプロセスを生物学的なレベルで追跡できる点に期待を寄せる。創薬や神経疾患の研究を、従来よりはるかに速く現実世界の成果へつなげられるという。
一方、ネット上の反応は割れている。映画『マトリックス』を引き合いに出す投稿が相次ぎ、メルボルンでの最初の発表時には「気持ち悪いけど、すごい」という率直な感想も書き込まれた。
嫌悪と称賛が同居するこの居心地の悪さは、技術がまだ答えを持っていない問いから来ている。培養皿の中の細胞群は、どこまでが「部品」で、どこからが「誰か」なのか。
省エネと創薬という真っ当な看板の裏で、人類は自らの脳の一部を計算資源として並べ始めた。その線引きを誰が決めるのかを、まだ誰も語っていない。
参考:Courier Mail、ほか
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