本当にあった職場の超怖い話「忌み地に就くべからず」― 川奈まり子の実話怪談

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イメージ画像は「Getty Images」より引用

 塔山さんが就いたのは、24時間絶え間なく進行するプログラムの状況をエンジニアと協力管理する部署だった。週休2日で勤務時間帯はシフト制。作業室はビルの2階にあり、塔山さんと同じ管理専門のスタッフは彼と同年輩の井原さんの他、若いスタッフのAさんとBさんの計4名。

 エンジニアたちのデスクはパーテーションで仕切られた隣のコーナーに固まっていて、この部署のトップで役員の河野さんを筆頭に、2番手の田村さんと他3名の計5名がおり、こちらは原則として夕方までの勤務となる。

 ビルのリニューアル・オープン前に、オフィス付近のレストランで懇親会が開かれた。スタッフ全員が顔を合わせるのはこのときが初めてだった。

 感じが良く、仕事が出来そうな人ばかりだと塔山さんは思った。

 ただ、河野さんだけは少し苦手だと感じてしまったのだという。

 河野さんは、声が大きく、押し出しが強く、わざとくだけた言葉遣いを用いたかと思えば、人生訓を口にする――昭和時代の“男らしさ”の信奉者のような印象の持ち主だった。

 いわゆる体育会系の男だとも言えようか。この手の人種が好きな人も多いだろう。しかし塔山さんは読書と芸術鑑賞を好むインドア派で、体育会系とは水と油、筋肉自慢のマッチョな輩が大嫌いだったのだ。

 しかし河野さんからは何ら悪意は感じなかったし、言葉の端々に知性と博識ぶりが表れていたので、有能で頼れる上司であることは間違いないと思われた。

 企業社会で先頭を切って突き進むのはこういうタイプなのだろう(僕のような大人しい人間ではなくて)と、塔山さんは自嘲まじりに考えた。

 厳密に言えば河野さんは彼の上司ではないが、今回募集されたメンバーではなく、系列の日本法人にずっと前から勤めていた人であり、40代後半でずっと目上だ。

――こういう人は、怒らせたら怖そうだ。苦手意識は雰囲気で伝わるものだから、気をつけなければ

 スタートアップのメンバーは少数精鋭で、そこそこデキる者ばかりが集められたと聞いていて、塔山さんも張り切っていた。誰もが、ここで働けることを内心、誇りにしていただろうし、熱意に溢れていたはずだ。

 それなのに、いざ仕事が始まると思わぬ事態が頻発した。

 もちろん一般論として、そのようなことは珍しくない。コミュニケーション不足やルーティンが完成していないがゆえの失敗は、組織の出発時には付き物だから。

 だが、塔山さんたちはこれと言ってミスを冒さなかったのだ。

 そうではなく、不可抗力が働いた結果、せっかく整えた体制が崩れ、業務に支障が出ることになってしまったのである。

「塔山さん、おはようございます! あの、たった今、Aくんから電話があって、バイクでこけて左足を捻挫したので今夜は休みますって!」
「え? いつ? 交通事故?」
「今朝、ここから帰宅途中に。事故は事故でも、何もないところで転倒したと言っていましたから、自損だと思います。怪我は左足だけで、もう処置は済んだけれど、当分ギプスと松葉杖で、お医者さんに今日は安静にしていなさいと言われたとか……」
「あ、そう。じゃあ僕が明日の朝まで残ることにして、井原さんにちょっと早出してもらおう。それにしても、また左足なんだね?
「ええ、また! 田村さんが階段で転んで左の膝を擦り剥いたばかりだし、昨日は他の部署の女性スタッフがいつのまにか切り傷が出来てカマイタチだって騒いでました」
「ああ、知ってる。あれも左足だったんだ? 不思議だなぁ」
「不思議っていうか、怖いですよ! 塔山さんも気をつけてくださいね、左足に!」

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