犬のお墓にまつわる本当にあった超怖い話 ― 四国「犬神信仰」の祖母が遺した“死の祟り”

※当記事は2019年の記事を再編集して掲載しています。

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Image by Ria Sopala from Pixabay

作家・川奈まり子の連載「情ノ奇譚」――恨み、妬み、嫉妬、性愛、恋慕…これまで取材した“実話怪談”の中から霊界と現世の間で渦巻く情念にまつわるエピソードを紹介する。

犬の墓

「以前、私の実家には犬のお墓が六つありました。庭の奥に小ぶりな墓石が並んでいて、物心ついた頃から、あの下にお祖母ちゃんが可愛がっていた犬の骨が埋まっているのだと知っていました」

 仮に秋山市郎さんとしておく。神奈川県出身のその男性は電話の向こうで淀みなく話しだした。いつもの電話インタビューだった。私はいつもFacebookとTwitter(現X)で不思議な体験談を募集しており、月平均15人ほど電話でインタビューしている。秋山さんはそのうちの1人というわけである。

《犬のお墓にまつわる怖い話があります》

 最初に寄せられたメッセージには、それしか書かれていなかった。

 私はインタビューを軸とした取材を基に書くタイプの怪談作家だから、これでも何ら支障がない。電話で体験談を傾聴するのも四捨五入すれば400人に迫るほどに積み重ねてきており、初めて対話する相手から話を引き出すコツは掴んでいるつもりだ。

 幸い、秋山さんはとても取材しやすいタイプの方だった。初めに送ってきたメッセージこそ短かったけれど、インタビューに備えて話の要点をまとめるなどしていたことが察せられた。

 ときどき、文章を朗読するかのように舌が滑らかに回りすぎる感じがしたから、メモを手もとに置いて、ときどき読みながら話しているのではないかと……何の証拠もないが私は憶測して、しばらくすると「作り話でないといいが」と心の中で呟いた。

 流暢に話してくれるのが私にとって良い体験者さんかというと、全然そんなことはなく、訥弁でも、まわりくどくて解りづらかったとしても、事実を語ってくださる方がありがたい。作文を読む人の中には、怪談好きが高じて創作の力試しをしたがっている人が稀にいるから……。

「その犬のお墓があるお家に、お祖父さまお祖母さまと秋山さんのご家族が同居されていたんですね?」と私は訊ねた。

「はい。父方の祖父が建てた家でした。長男だった父が継いで、17年前まで母とそこに住んでいました」

 私はその家の所在地と周辺の環境、家族構成と家族各位の職業、おおよその敷地面積や家の造りなどを質問した。

 秋山さんは、言葉に詰まることなく、すらすらと回答してくれた――やはり相当に準備しているようだと私は思った。

■墓石の並ぶ家

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画像はUnsplashNichika Sakuraiより

 彼によれば、秋山家は昭和30年代にそれまでいた大阪府から神奈川県藤沢市某所に移ってきた。高度経済成長期の頃のことで、東京の通勤圏内である東京近県の宅地開発が盛んだった時期だ。昔は雑木林ばかりだったと秋山さんは父から聞かされていたが、彼自身が物心つく頃には家は住宅街に呑まれていた。家の敷地は100坪少々で、2階建ての母屋と、後に駐車スペースの上に建てた離れ、植木に囲まれた芝生の庭があった。

 ちなみに転居の理由は一家の大黒柱だった祖父の転勤だったそうだ。祖母は専業主婦で、子どもは長子である秋山さんの父と長女と次女。しかし、2人の叔母を含めて、皆、亡くなっている――。

「2002年頃までご両親がそこに住んでいらしたんですよね? ご両親もお亡くなりに?」

「はい。立て続けに亡くなってしまいました。私は、父が祖父の遺言を守らなかったせいだと信じています。両親だけじゃなく、2人の叔母も、犬の祟りで死んだんじゃないか、と

「犬の祟り? 6基、お墓があるとおっしゃいましたよね」

「ええ。祖母が大の犬好きで、引っ越してくる前から犬を飼っていたそうです。でも、私が赤ん坊のとき、最後の1頭に噛まれて、泣き声で飛んできた母が私から引き離そうと箒の柄で叩いたら打ちどころが悪くて死んでしまい、それから飼うのをやめたと聞いています」

 秋山さんが赤ん坊の頃――彼は現在50歳だから、ちょうど今から半世紀前の1969年前後――、結婚した女性は「家庭に入る」つまり専業主婦になることを周囲に期待されていた。当然視されていたと言ってもよく、秋山さんの母も結婚と同時に会社勤めを辞めて専業主婦になった。

 ところが秋山家では祖母が家事を取り仕切り、財布の紐を握っていた。

「母は祖母と折り合いが悪く、ずいぶん苛められたと言っていました。祖母は母が犬をわざと殺したと疑ったそうです。私に怪我がなかったから、余計に……。母は、犬が私の腕に噛みついているのを確かに見たのだと祖母に訴えたけれど信じてもらえなかった、と。そのときは冬で、私は厚地の上着を着た上にキルトや毛布を重ねて掛けて、庭に置いた乳母車に乗せられていたということなので、犬の歯が肌まで届かなかっただけかもしれませんが……。祖母は激怒して、母に赤ん坊を置いて実家へ帰れと言ったとか……」

 結局、父と祖父がとりなして、事を円く収めた。

「まあ、円くと言っても、恨みは残りましたよ。祖父は、もう揉め事は御免だと思ったのでしょう。今後は犬を飼わないと宣言したそうです。すると祖母は、母を睨みつけて、いつか大変なことになると言って脅した、と。これは10年前にあの家を手放す直前に両親から聞いたんですが、祖母は四国の犬神信仰がある地方出身で、だからというわけではなかったかもしれませんが、犬を飼うことに異常に執着していたそうです。家にあった六つの墓のうち四つは、大阪の家から墓石ごとわざわざ運ばせたものでした」

 秋山家の敷地は100坪あまり。日本の一般家庭の家としてはどちらかと言えば広い方だが、庭に6つも墓石が並んだら、さすがに異様な景色になるのでは?

 ――私はふと、2017年の5月に訪ねたキューバで見た、とある犬の墓を思い起こした。

 それはアメリカのノーベル賞作家、アーネスト・ヘミングウェイの愛犬たちの墓だった。ヘミングウェイはフロリダ州キーウェスト島からキューバに来ると、コヒマルという漁村にコロニアル様式の白い豪邸《フィンカ・ビヒア(望楼別荘)》を建て、1939年から22年間、そこで暮らした。

 ちなみにコヒマルは名作『老人と海』の舞台であり、キーウェスト島にはヘミングウェイの愛猫の子孫である6本指の猫たちが今もいる。この文豪が多指症の猫を溺愛していたことはつとに知られており、『誰がために鐘は鳴る』の中に《No animal has liberty than the cat , but it buries the mess it makes. The cat is the best anarchist.(動物のなかじゃ猫がいちばん自由を持ってるわけだ。猫はてめえのきたねえものを埋めるからだ。猫が、いちばんりっぱなアナーキストだ)》という名言を遺しているほどだ。(※)

※大久保康雄訳/新潮文庫版『誰がために鐘は鳴る(下)』より抜粋

 だから私は、キューバで4頭の愛犬の墓を見つけて、意表をつかれたように感じたのだった。ヘミングウェイと言えば猫だと思い込んでいたためだ。

 4基の墓碑は横一列に並んでいて、それぞれに名前を刻んだ銘板が付けられていた――BLACK、NEGRITA、LINDA、NERON――。

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ヘミングウェイの愛犬の墓。画像は「Wikimedia Commons」より引用

■家を見つめる気配

 4ヘクタールという広大な敷地にあってさえ、そしてその墓はどれも私でも抱えあげられそうなほど小さかったにもかかわらず、そこだけ墓碑の辺りだけ妙に深閑と静まり返ってそこはかとなく冷気が漂っていた。

 私は秋山さんに訊ねてみないではいられなかった。「どんなお墓だったんですか?」と。

 すると彼はなぜか少しためらって、「変な感じがすると思います」と答えたかと思うと、自嘲するかのような笑い声を立てた。

「変な感じも何も、ハッキリと変な家ですよね! ハハハハハ……。僕が小学校の低学年のときに、お墓を隠すようにツツジを植えたんです。それまでは庭に出るのもおっかなくって、友だちも呼べませんでした。お墓が怖くて。子どもの目には大きく見えましたし……夜になると大型犬が6頭並んで、家の方をじっと見つめているように感じたんですよ」

 6基の墓碑は、どれも幅が子どもの身幅ほどで高さ1メートル足らずだったという。大きな犬が座ったぐらいの大きさだと思えなくはないが、秋山さんは、日没後、家の中から見たときのその光景をこんなふうに説明した。

大きな犬が6匹、こっちを見張っているようでした。三角形の耳を立てた日本犬のシルエットでしたよ! 黒い影なんですけど、犬の輪郭がわかったから、母に、犬がいると報告しに行きました」

 そのとき彼は4歳で、庭の梅が満開だったそうだから、2月か3月のことだった。もう夜になっていたが、会社員だった父と定年退職後に系列の子会社の取締役をしていた祖父はまだ帰宅しておらず、家には母と祖母と2つ下の妹がいた。

「台所で母が夕食を作っていることを知っていたので、台所に飛んでいって、庭に犬がいる! お墓が犬になっちゃった! ……と、こう、興奮して話したところ、母が真っ青に……。今でも憶えているんですが、本当にサーッといっぺんに血の気が引いて幽霊みたいな顔色になって、そういうことを言っちゃダメだと大声で言ったものだから、てっきり叱られたと思って泣きながら、でも犬がいるんだもん!と……。これが私のほとんど最初の記憶です」

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「そんなことがあったら庭が怖くなるのも当然ですね」

「はい。また、それからも、怖いもの見たさで何度も日が沈むと庭を見てしまい、そうすると、やっぱり犬の影に見えたので……」

「ご家族は何て?」

「母は口に出して言ってはいけないと繰り返していました。父は笑って、見間違えたんだろう、と。祖父は、きっと犬たちはうちの守り神なんだから、お墓に手を合わせようと言って、怖がる私の手を引いて庭に出て墓掃除の手伝いをさせたので、祖父には二度と言わないことにしました」

「お祖母さまは?」

「祖母は、私の犬が死んでもちゃんとうちの家族を見ているから、悪さをすると彼の世から走ってきて罰を当てるよ、と」

「それは小さい子にとっては怖すぎますね! 要するに脅しですから。まあ、大抵、昔の年寄りはお天道様や神さまが見ていて悪い子には天罰が下るという話が好きでしたけど。でも犬が見ているというパターンは初耳です」

「私も祖母からしか聞いたことがないです。祖母はなんとなく怖い人で、私はずっと苦手でした。母の影響かもしれませんけどね。母が祖母を恐れていたので。また、妹は祖母に懐いて、とても可愛がられていましたが、私は叱られることの方が多かったから」

「もしかして、犬のことで秋山さんが何度も騒ぐので、お父さんたちがツツジを植えることにしたんですか?」

「たぶん、そうだと思います」

 それからも、ツツジの植え込みから犬の唸り声が聞こえたような気がしたり、庭を大きな犬が走り抜けたと妹が秋山さんに言ったりといった出来事があったが、どれも両親によって「気のせいだった」と結論づけられて終わった。

 そのうち秋山さんたち兄妹は成長して、オバケの類よりも受験勉強や部活動が重要になり、犬の墓のことなど気にもならなくなっていった。

■祖母の死と祖父の願い

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 やがて社会人になって独立すると、忙しさに取り紛れてもう犬の墓どころか実家のことも滅多に頭に上らなくなり、そして秋山さんが25歳のときに、数年前から寝込みがちになっていた祖母が、肺炎であっけなく亡くなった。享年80。

「それが1995年のことでした。祖母は大正4年生まれで、祖父は4つ年上の明治44年生まれ。明治生まれの人は体が丈夫だと言われますが、祖父も頑健で、いつまでも若々しい人でした。でも祖母が亡くなってから急に老け込んでしまい、1999年に米寿で永眠しました。眠っているうちに心不全を起こしたそうで、大往生です。その祖父が、死ぬ一週間ぐらい前に、犬の墓をあのままにしておいてほしいと私の両親に頼んだということを、通夜のときに聞かされたのですが……」

「お願いがあるんだが、祖母さんの犬たちの墓を大事にしてやってほしい」

 秋山さんの両親は突然こんなふうに切り出されたのだそうだ。朝食の際で、前日までの祖父の振舞いには何の兆候もなかった。しかし米寿の老人が言うことなので、「自分が死んだ後も」という枕を抜かしても、そういうことだろうと――秋山さんのお話を傾聴している私にも察せられたが、リアルタイムで聞かされた彼の両親も、当然のこと、咄嗟にこれは遺言だと思ったそうだ。

「急にどうした? どこか具合が悪いのかい?」

「お義父さん、体調が悪かったらすぐに言ってくださいよ」

「……あの墓石をずっとあそこに据えておくわけにはいかないだろうか?」

「そう言われて、父と母はドキッとしたそうです。祖母が亡くなって間もない頃に親族会議を開いて、祖父が死んだら土地を半分売る計画を立てていました。うちの家族はずいぶん前から生前贈与その他で相続税がかからないように努めてきていましたが、叔母たちに遺産を分けてやるには、それがいちばん良い方法だと誰もが思っていました。父と母が2人で住むなら50坪もあれば充分ですからね。この計画は祖父には知らせていませんでした」

 秋山さんの両親は顔を見合わせた。犬の墓がある側の土地を売るつもりだったのだ。

「お義父さん、どうしてそんなことを……?」

「厭な予感がするんだよ。起きたら忘れてしまったが、昨夜、悪い夢を見たような気がする」

「なんだ、そんなことか。もしもあれを取り壊すことがあっても、ちゃんと供養する。大丈夫だよ」

 老人の気を鎮めるために、この会話の後、3人で仏壇に向かって手を合わせた。それから一週間後に祖父が天寿を全うしたので、通夜のときに集まった親戚一同、一種の虫の知らせだったのだろうということで納得したのだった。

■両親を襲った怪異

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Image by Sandra Petersen from Pixabay

 祖父の死から2年が経ち、祖父が買った土地を売る算段がついた。50坪弱を残して不動産屋に売却し、同時に古い家を取り壊して建て替えることになった。工事の間、両親は当時新婚だった秋山さんのマンションに滞在したり、夫婦2人で沖縄へ旅行したり、それなりに楽しく過ごしていた。

「両親も叔母も信心深い性質ではありませんでしたが、犬の墓は、工事の業者に石を撤去してもらう前に、神主を呼んで一応お祓いしてもらったと言っていました。でも、ダメだったんですよ、そんなことでは

「ダメだったというのは?」

 沖縄旅行の前日に、秋山さんの父は、工事中の業者から連絡を受けて工事現場に呼び出された。会社で勤務中に電話がかかってきて、夕方、藤沢市の家に行ってみたら、工事にあたっている業者は誰も電話など掛けていないと言う。

 薄気味が悪い思いをしつつ、秋山さんたちのマンションに戻ってきたわけだが――。

その帰り道の間ずっと、父は犬につけられているような気がしていたのだそうです。うちに戻ってくると玄関でいきなり、塩を持ってきてくれと私の妻に大声で命じて、その剣幕がもう只事ではなかったので、妻が驚いて……。私が帰ってきたときは、母と妻と父が3人で、実家から持ってきた仏壇に向かって手を合わせていたので、私もびっくりしましたよ。玄関に入ったら線香の匂いがして、なんだろうと思ったら、揃って南無阿弥陀仏と唱えていたわけですからね」

 夜道で犬に追いかけられ、電車に乗っている間にも何度か犬の唸り声を聞いたと父から聞いて、秋山さんも恐ろしくなった。

「実家で祖母が飼っていたのは四国犬や紀州犬、またはそれらの血が混ざった雑種で、どれも中型犬だったと聞いています。しかし父は、自分を追いかけてきたのは動物園で見るオオカミのような大きな犬だと言いました。そんな馬鹿なと否定しても、父は頑として、足音や息遣いを聞いたし、振り返ったとき、シルエットを見たと言い張るのです。でも私まで震えあがったってしょうがないと思ったので、そんなこと言ってないでさっさと寝ろと両親に言いました。明日から沖縄に行くんだろ、と」

 翌朝、彼の両親は沖縄へ出立した。4泊5日の予定で、母にとっては初めての沖縄旅行だったという。この旅行は母の還暦祝いでもあり、両親は前々から楽しみにしていたのだが、水を差されたわけである。

「父も母もよく眠れなかったみたいで、特に父は夜中に何度も起きてトイレに立ったり、台所で水を飲んだりしていたようです。私は、自分の父はかなり合理的な考え方をする非常に現代的な男だと思っていたので、とても意外でした。しかし、それだけに、父が怯えている姿を見たくなかったというか……。なんだか受け入れたくなかったんですよ、そのときは」

 犬の影に怯えながら両親が沖縄に行った後、掃除機に動物の毛のようなものが詰まっていたと妻から報告を受けても、セーターの毛糸か何かだろうと言って受け流した。

 両親は沖縄旅行を楽しんで帰ってきた。「犬も沖縄にはついてこられなかったようだ」と父は笑い、母と並んで記念撮影した写真のうち何枚かに怪しい光が映り込んでいたことも、さして気に留めていなかった。

 むしろ母の方が帰ってくるなり、祖父母の墓参りに行くと言い出して、旅行前とは違う様子を見せていた。

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画像はUnsplashJonas Gerlachより

「何かあったの?と母に訊ねると、別に何もなかったと答える。なのに、様子はおかしい。気になるから、こちらもまた、変な夢でも見たのかと質問したら、それには答えず、私がタロウに噛まれたときの話をしはじめました」

「タロウ?」

「犬の名前です。そうだ、言っていませんでした。墓にはそれぞれ犬の名前が彫られていました。白、権太、コロ、茶目、チビ、タロウ……と」

 私はそこでヘミングウェイの犬の墓を思い起こして、秋山さんにキューバで見たその景色について話した。あの墓にも犬の名前が記されていた。

「へえ……。面白いですね。でもヘミングウェイは猫好きだったんですよね? 猫のお墓は無いんですか?」

「ええ。ガイドさんの説明では、猫たちは庭のそこかしこに適当に埋められているようだということでした。猫は最高のアナーキストだから自分が埋まるときも自由なのだと言って笑いを取っていましたっけ」

「なるほど。そうしてみると、犬の方が人に近い気がしますよね」

■母、そして父の死

 2002年の春、藤沢の家が完成した。しかし両親そろってそこに住んでいたのは半年足らずで、まず、母が庭で転んで意識不明の重体で入院。脳挫傷と診断され、すぐ手術を受けたが、そのまま帰らぬ人となった。

「タロウの頭を箒で殴って死なせてしまったその庭で、頭を打ったことが致命傷となって死んだわけです。私は恐ろしくなって犬の祟りではないかと父に言いました。すると父も同じことを考えていたようで、もうこの家には住みたくないと……。そこで叔母たちも交えて話し合って、家を貸すことになりました。新築みたいなものですし、借り手はすぐにつくだろうと思っていました」

 ところがなかなか借り手がつかない。

「父はその間、独りで暮らしていたんですけど、ある日、突然、父の会社から私の携帯に電話がかかってきて、父が出勤してこない、と。家に行ってみたらもぬけの殻で、地元の警察署に届けましたが……妻に先立たれた62歳の会社役員が失踪したと言うと、警察ではすぐ自殺を恐れるものなんですね……。警察署で自殺の2文字を聞いた途端、私も厭な予感がしました。母が死んで、父は気落ちしていました。衝動的に自死しても不思議ではない状況でした」

 それから3日後は週末で、会社の休みを利用し、秋山さんは妻と連れだって再び藤沢の実家を訪れた。父から合鍵を預かっていたので、鍵を開けて中に入ると、3日前には感じなかった微かな異臭が漂っていた。

 このまえ来たときにはざっと各部屋を探しただけで、トイレまでは見なかった。もしやと思って1階のトイレを確かめると、内側から鍵がかかっている。

 そのとき、秋山さんはトイレのドアに獣の爪で引っ掻かれたような跡があることに気がついた。ドアの下半分に集中して、深い掻き傷が何条も戸板に刻まれていた。

「オオカミ……と父が話していたことを思い出して、ゾッとしました。ノックしたけれど返事はなく、閉まったドアの隙間に鼻を押し付けるとひどい臭いがしました。異臭の源はここだ、ということはこの中で父が死んでいるに違いないと思って、110番しました」

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Image by Artur Pawlak from Pixabay

 結局、彼の父はパジャマ姿で便座に座ったまま事切れていた。

 無断欠勤した日の前夜か明け方にトイレで用を足そうとして心臓発作を起こし、そのまま亡くなってしまったのだろうという検視結果が出された。

 けれども秋山さんは、犬に追われてトイレに立て籠もったのに違いないと考えた。その結果、心臓が止まったのだ。恐怖の余りショック死したのだろう。

「父はパジャマのズボンや下着をちゃんと穿いたまま死んでいましたからね。父の妹である叔母さんたちも私と同意見でした。2人はとても怖がって、一緒にお祓いをしてもらったと話していましたが、それから1年しないうちに上の叔母が交通事故に遭って亡くなり、最後に残った下の叔母も自殺してしまいました。

 下の叔母は、自死する前に私の家に電話を掛けてきて、電話に出た妻に最近飼いはじめた犬の話をしたのだそうです。この叔母は祖母のような犬好きで、ずっと犬を飼っている人でしたが、なぜうちに電話を寄越したのかわからないと妻は話しておりました。告別式のときにこの叔母と同居していた従弟にこの話をしたところ、従弟は奇妙な顔をして、最近飼うようになった犬なんかいないよと言いました。何年も前から飼っている犬しかいないし、新しく犬を貰ってくるという話もないよ、と。

 しかし妻は確かにそう聞いたと言いますから、叔母も虫が知らせたのだろうかと従弟と話して、その場はしんみりしたのですが……後になればなるほど、なんだか怖くなってきたんですよ」

「ところで、川奈さんのうちも犬を飼っているんですか? さっきから後ろで盛んに唸ったり吠えたりしていますよね。誰か来たのかな?」

 うちでは犬など飼ってはいないし、犬の鳴き声も聞こえない。

 やはり創作なのかもしれないと私は再び疑った。

 私を怖がらせようとして、こんなことを言っているのだとしたら、ここまでの体験談もすべて作り話なのだろう。面白い話だったが、残念だこと――。

 しかし、インタビューを終えて電話を切る直前に、犬が唸った。

 そして吠えた。

 擬音語に起こすなら「ガルルル……ワン!」とでもするしかない。大型犬の声が受話器の中から響いてきた。

「秋山さん!」と私が叫ぶのと通話が途切れるのが同時で、その後はいくら掛けても彼は電話に出なかった。

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文=川奈まり子

東京都生まれ。作家。女子美術短期大学卒業後、出版社勤務、フリーライターなどを経て31歳~35歳までAV出演。2011年長編官能小説『義母の艶香』(双葉社)で小説家デビュー、2014年ホラー短編&実話怪談集『赤い地獄』(廣済堂)で怪談作家デビュー。以降、精力的に執筆活動を続け、小説、実話怪談の著書多数。近著に『迷家奇譚』(晶文社)、『実話怪談 出没地帯』(河出書房新社)、『実話奇譚 呪情』(竹書房文庫)。日本推理作家協会会員。
ツイッター:@MarikoKawana

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