科学者が本気で研究する「シミュレーション世界からの“脱出計画”」

この世はシミュレーションなのか。もしそうなら、シミュレーションから脱出する方法はあるのだろうか――。
■シミュレーション世界から脱出できるのか?
オックスフォード大学の哲学者、ニック・ボストロム氏は2003年に発表した論文で、人間が超高度なエイリアンのコンピューターの中で生きている確率を約20%と見積もった。
この見解は「シミュレーション仮説」と呼ばれるようになり、イーロン・マスク氏は「私たちが本当の現実にいる確率は10億分の1だと思う」とかつて発言している。
1999年の映画『マトリックス』では、赤い錠剤か青い錠剤か、どちらかを飲むように選択を迫られたネオが赤い錠剤を飲み、「ウサギの穴がどこまで続くのか見てみよう」と決意する。

このシーンはSF史に残る名場面の1つだが、同時にある哲学的な問いをも浮上してくる。もしこの現実がシミュレーションだとしたら、我々がそこから抜け出すための赤い錠剤はあるのだろうか。
米ルイビル大学のコンピューター科学者、ローマン・ヤンポルスキー氏は、この疑問を詳しく探求し、シミュレートされた世界から抜け出す方法を“ハッキング”によって実現できる可能性があると説明している。
ヤンポルスキー氏は、シミュレーションの可能性の限界を探り、特にそこから抜け出す方法を探求し続けている。
イギリスの哲学研究非営利団体「Institute of Art and Ideas」のウェブサイトに寄稿した記事の中でヤンポルスキー氏は、現実世界のハッキングやビデオゲームのエクスプロイトといった事例を例に挙げて脱出の可能性を探究し、さらにアバターを使ってシミュレーターの支配者とコミュニケーションを図る哲学的な考察も展開している。
ヤンポルスキー氏はまた、ほかの思想家が理論化した一種の“脱出計画”の概要も挙げ、その中には「計算できないパラドックスを生み出す」ことや、何百万人もの人々に同時に瞑想させてから突然きわめて活発に動くことなど、シミュレーションの計算能力に負荷をかけることなどが含まれている。
記事で同氏はシミュレーションから脱出するという考え方、あるいはそもそもシミュレーションが存在するという考え方を潜在的に否定する、説得力のある証拠がいくつかあることを認めている。つまりこの世がシミュレーションではない可能性も同じくらいあるということだ。
この世がもしシミュレーションだとしたら、こうして“シミュレーション仮説”を思いつくことが許されているのは確かに不可解であるのかもしれない。

そして宗教は外部のシミュレーターに訴えかけるものであるにもかかわらず、測定可能な影響や介入を及ぼすことができずにいるし、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)のような複雑な機械がシミュレーターに何の影響も及ぼしていなさそうに見えるのも気になるところだ。
そしてもちろん、なぜ人間はシミュレーションから脱出したいのかという疑問が残る。結局のところ、ネオがマトリックスを脱出した経験は決して楽しいものではなかった。
ヤンポルスキー氏は、“基本現実(base reality)”へのアクセスによって計算能力が向上し、既知の宇宙のシミュレートされた物理法則ではなく、“現実の”知識にアクセスできるようになると主張している。しかしそのような脱出計画がどのような結果をもたらすのかは未知数だ。
ヤンポルスキー氏は、このような研究には“実存的リスク”が伴うことを認めており、シミュレーターがセキュリティ機能を強化してシミュレーションを再起動し、事実上我々の集合的記憶を消去している可能性さえ指摘している。
それでもヤンポルスキー氏はこの世がシミュレーションであると仮定して、その脱出方法を考え続けるのは意義のあることだと主張する。
脱出したいかどうかは別にして、我々がシミュレーションの中で生きているかどうかを100%確実に突き止めることはおそらく不可能であり、今のところはどこを見回しても“青い錠剤”しかなさそうだが……。
参考:「Popular Mechanics」ほか
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