夜8時、数万頭の羊が同時に暴走…… 約518平方キロを巻き込んだ「羊の大恐慌」、137年経った今も原因不明

1888年11月3日の夜8時ごろ、イギリス・ロンドン北西のオックスフォードシャー一帯で、数万頭もの羊がまるで示し合わせたかのように一斉に暴走を始めた。
柵を飛び越え、囲いを破壊して逃げ惑った羊の群れは、後になって自分の牧場から数キロも離れた場所で保護されたという。これほど広範囲かつ同時多発的な暴走は前代未聞で、137年が経った今も専門家たちはその原因を特定できていない。
「原因不明の一斉パニック」——約518平方キロを巻き込んだ大混乱
英国王立動物虐待防止協会(RSPCA)によれば、羊は肉食動物に狙われやすい被捕食動物で防御手段を持たず、物音や気配に敏感で臆病な性質を持つという。一頭や一群が何かに驚いて逃げ出すこと自体は、羊飼いにとって日常茶飯事だ。
しかし1888年11月3日の一件は規模が桁違いだった。オックスフォードシャーの広い範囲、約200平方マイル(約518平方キロメートル)にわたる羊の群れが、ほぼ同時刻に一斉にパニックを起こし、柵という柵が壊され、逃げた羊たちは方々に散らばった。
この事件が世に知られるきっかけは、事件から数週間後の1888年11月20日付『ザ・タイムズ』紙の記事だった。記事は、レディング周辺の羊の飼育地一帯で、午後8時ごろを境に羊たちが突如恐怖に襲われ、柵を飛び越えて逃げ惑う「本物の暴走」が起きたと伝えている。
農家たちに話を聞いても、納得のいく説明をする者はいなかった。当夜は非常に暗く時折稲光が走っていたというが、記者はそれだけで広範囲の同時発生を説明できるとは考えにくいと記していた。
5年後に再発、鳥類学者アプリンが挑んだ「暗闇仮説」
その5年後の1893年、ほぼ同じ地域で再び羊の集団パニックが発生した。この二度目の事件をきっかけに、本業は鳥類学者だったオリバー・ヴァーノン・アプリン氏が独自に調査に乗り出すことになる。
学術誌『ネイチャー』が数十年後の1921年に掲載した記事によれば、アプリン氏は一連の羊パニックの原因を「極端な暗闇」に求めた。
1893年の事件をめぐってアプリン氏が集めた証言の中には、午後8時から9時の間に説明のつかない暗闇が地域一帯を包み込んだというものや、暗い雲のようなものが大地を這うように移動し、「暗室に閉じ込められたような」状態を作り出したというものがあったという。
同記事は、羊などの動物は通常の暗い夜であれば問題なく物を見ることができるが、何も見えないほどの完全な暗闇に突然包まれると強い戸惑いと恐怖に陥ると推測している。ほんの数頭がその暗闇に怯えてパニックを起こせば、水飲み場の柵にぶつかったり互いに衝突したりする混乱が連鎖し、群れ全体を巻き込む暴走に発展した可能性があるという見立てだ。
「暗闇仮説」だけでは説明がつかない、広範囲同時多発の謎
もっとも、これは現時点で提示されている唯一の説得力ある仮説であって、宇宙人の仕業といった突飛な話ではまったくない。
とはいえ、なぜ約518平方キロという広大なエリアで、羊たちが判で押したようにほぼ同時刻に暴走を始めたのかまでは説明しきれていない。局地的な暗雲や雷光だけで、離れた複数の牧場が同期して混乱に陥る理由としては弱いという違和感は、当時の記者も現代の研究者も一致して抱く。
イギリスと羊の付き合いは紀元前4000年ごろに新石器時代の農民が持ち込んで以来6000年に及ぶが、その長い歴史の中でも「グレート・シープ・パニック」と呼ばれるこの一件だけは異彩を放ち続けている。
天候か、それとも群れ特有の恐怖の連鎖反応か。決定打となる証拠がないまま100年以上が過ぎた今も、あの夜オックスフォードシャーの闇の中で羊たちが何を見て何に怯えたのかは、誰にも分からないままだ。
参考:Popular Mechanics、ほか
※ 本記事の内容を無断で転載・動画化し、YouTubeやブログなどにアップロードすることを固く禁じます。
関連記事
人気連載
“包帯だらけで笑いながら走り回るピエロ”を目撃した結果…【うえまつそうの連載:島流し奇譚】
現役の体育教師にしてありがながら、ベーシスト、そして怪談師の一面もあわせもつ、う...
2024.10.02 20:00心霊夜8時、数万頭の羊が同時に暴走…… 約518平方キロを巻き込んだ「羊の大恐慌」、137年経った今も原因不明のページです。イギリス、パニック、羊などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで