「このビルは、ヤバイ…」 本当にあった職場の怖い話! ~実話怪談・忌み地に就くべからず ~

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イメージ画像は「Getty Images」より引用

 そう言えば上着を着てこなかった。シャツにセーターで歩きまわるには肌寒い。靴底で何か硬いものを踏み、見れば乾いた栃の実だった。この辺りの街路樹は明治時代に植えられた栃の木だと聞いたことがある。昔から8月に「トチの実落とし」というイベントを開催することが恒例になっているという。近隣の勤め人や住民が拾った実を持ち帰ってもいいことになっているのだとか。栃の実は食用にすることが出来るのだという。

 ――こんなものを食べるなんて、正直、見当もつかないな。21世紀に外資系の日本法人で最新機器に取り囲まれて働いている自分たちと、この土地の歴史との間は、いっそ潔いほど断絶されている。でも、急にこうやって転がってきたり、地の底からしぶとく滲みだしてきたりするのだ。オバケみたいに。

 井原さんから電話がないのをいいことに、7時近くまで外をうろつき、コンビニで買い物をした。大通り沿いを歩いて社屋の方に戻ると、出入口のガラス扉を透かして、例の警備員の姿が見えた。ちょうどこちらを向いたので塔山さんは笑顔を作り、片手を小さく上げて挨拶した。……が、警備員は、なぜかギョッとしたように彼の頭の上を凝視して固まった。

 しかし、見あげても暗い空が広がっているばかりである。

「どうしました? 何かありましたか?」

 従業員口に行かず、小走りにそのまま真っ直ぐ建物の中に入った。ガラスの自動扉が開き、彼の背後で滑らかに閉まる。受付のブースの中から、別の警備員が出てきて、これもまた頭の上の方に視線を吸いつけた。

「何ですか?」

 塔山さんは彼らに並んで、体ごと後ろを向いて振り仰いだ。

 床上5メートルまでガラスの壁がそびえている。自動扉と一体化した透明な瀑布のような壁の上端近くに、白い半透明の何かが2つ、張りついていた。

 昼に話した方の警備員が「手形ですよ」と小声で言った。

 するとその言葉に応えたかのように、白い跡がパッパッと2つ増えた。左右の掌の跡だった。

 警備員から聞いたときにはもっと大きな手形を想像したのだが、距離があることを差し引いても、この手形は小さかった。

 塔山さんは子どもの掌を思い浮かべた。

「あっ、また……! あっ、あっ……!」

 丸みを帯びた、水気の多い幼い掌がペタリペタリとガラスに捺されていく。

 ペタペタペタッ、ペタペタ……ペタペタペタペタペタペタッ!

「こ、こら! あっち行け!」と、警備員の片割れが震え声で叫んだ。

 ペタペタペタペタッ!

 それでも尚も見えない掌はしばらく手形を捺しつづけたが、やがて前触れなく止まった。

 ややあって、どちらかの警備員の呟きが耳に入った。

「これは業者さんを呼ばないとダメだなぁ」

 ――手形は4メートル以上の高いところに3,40個も寄り集まって捺されており、拭き取るには高所作業車が必要だろうと思われた。

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