タイムスリップは実在した!? イギリス空軍元帥ヴィクター・ゴダードが目撃した「4年後の未来」の真相

「タイムスリップ」という言葉を聞いて、眉をひそめる人は多いだろう。匿名のネット掲示板に書き込まれた怪しげな体験談、出所不明の都市伝説——その大半は、検証に耐えうるものではない。
だが、もしその証言者が、英国王立空軍の最高位にまで上り詰めた人物だったとしたら? しかも、本人が見た「未来」が、4年後に物理的検証可能なかたちで実現していたとしたら……
これは、第二次世界大戦の英軍指揮官にして、戦後はUFO研究にも傾倒した一人の軍人——ヴィクター・ゴダード空軍元帥(1897-1987)が生涯にわたり語り続けた、奇妙な飛行体験の物語である。
1935年、黄色く染まった嵐の雲
1935年の冬、当時ウィング・コマンダー(中佐相当)だったゴダードは、ホーカー・ハート複葉機で英国アンドーバーからスコットランド・エディンバラへの飛行任務に就いていた。

帰路、彼は途中でドラム飛行場の上空を通過することになる。第一次大戦中に建設されたこの軍用飛行場は、1919年に閉鎖されて以来ほぼ放棄状態にあり、滑走路は草に覆われ、家畜が放牧されているような有様だった。実際、ゴダードは往路でその荒廃した姿を眼下に確認している。
ところが、復路で同じ場所に差し掛かったとき、異変は起きた。
突如として遭遇した猛烈な嵐——だが、それは普通の嵐ではなかった。雲が黄褐色に染まっていたのだ。経験豊富なパイロットであるゴダードでさえ目にしたことのない、異様な光景だった。激しい風と雨に翻弄され、機体は操縦不能寸前。彼は機首を下げ、雲の下に出ようと試みた。
そして雲を抜けた瞬間、彼は信じられない光景を目撃する。
1939年にしか存在しないはずの光景
眼下に広がっていたのは、放棄されているはずのドラム飛行場だった。だが、それは1935年の現実とは決定的に違っていた。
格納庫は新築のように真新しく、滑走路は完璧に整備され、地上では整備士たちが忙しなく動き回っていた。駐機場には4機の航空機。そのすべてが鮮やかな黄色に塗装されていた。当時のRAF機にそんな塗装は存在しない。さらに目を疑ったのは、機種のうち1機が見たこともない単葉機だったことだ。1935年当時のRAFは複葉機が主力で、未知の単葉機などあり得なかった。
そして整備士たちの服装。彼らは青いオーバーオールを着ていた。RAFの整備士のオーバーオールは茶色——これが1935年の制式である。
通過はほんの一瞬だった。気づけば再びあの黄色い嵐に呑み込まれ、ゴダードは必死の操縦で機体を立て直し、なんとかエディンバラへ帰投した。
帰還後、彼は仲間たちにこの体験を語った。だが反応は「酒を控えろ」という冗談まじりの忠告だけ。滞在先の女主人に宛てた手紙にも事件のことを書いたが、返ってきた返事は「変ね(How peculiar)」というそっけない一言だけだったという。
4年後、すべてが現実になった
転機は1939年に訪れる。第二次大戦の開戦を前に、RAFは大規模な軍備拡張を進めていた。
その一環として、ドラム飛行場は再開発され、「第13飛行訓練学校」として再稼働。同時期、RAFは訓練機を黄色く塗装する慣行を導入した。さらに新たに配備された訓練機は、マイルズM.14マジスター(Miles M.14 Magister)という単葉機——ゴダードが「見たことのない単葉機」と証言した、まさにその機種である。そして整備士たちのオーバーオールも、青色に変更されていた。
1935年に彼が一瞬だけ目撃した「未来のドラム飛行場」が、4年の歳月をかけて、現実そのものになっていたのだ。

懐疑派の反論——「後出しじゃんけん」ではないのか
もちろん、この話には懐疑的な見方も根強い。
最大の弱点は、ゴダードが事件の詳細を公に語り始めたのが1961年以降、自著『Flight Towards Reality』(1975年)で全容を記述したのが事件から40年後だったことだ。当時、つまり1935年に書き留められた記録は確認されていない。
つまり、「未来が当たった」と判明したあとに、過去の記憶を再構成して語った可能性は否定できない——というのが、米Skeptic誌などが指摘する反論である。1939年以降のドラム飛行場の様子を見たゴダードが、自分の記憶の中の「あの日見た光景」を、無意識に新しい現実に合わせて書き換えた可能性。記憶研究の知見からすれば、これは十分にあり得る現象だ。
しかも、ゴダード自身が晩年は心霊主義に深く傾倒し、UFO研究家として講演活動も行っていた点を挙げ、客観性を疑問視する声もある。
それでもなお、語り継がれる理由
それでもこの事件が「20世紀最大級のタイムスリップ事例」として語り継がれているのは、証言者の格が他とは桁違いだからだ。
ゴダードは空軍元帥にまで昇りつめたエリート軍人であり、KCB、CBEの叙勲を受け、戦後はカレッジ・オブ・エアロノーティクスの校長も務めた。航空力学の専門家として、誰よりも飛行機の機種を正確に識別できる立場にあった人物が、わざわざ自らのキャリアを傷つけかねない奇譚を語り続けた——その動機が、どうにも説明しにくいのだ。
しかも、ゴダードが遭遇した超常現象は、ドラム飛行場の一件だけではない。
1946年1月、上海でのパーティーに出席していた彼は、別の士官から不気味な夢の話を聞かされる。「ゴダードを乗せた輸送機が氷結事故を起こし、山近くの石浜に墜落して全員死亡する」というものだった。
その夜、まさに夢と同じ陣容(他に男性2名、女性1名)でダコタ輸送機に乗り込んだゴダードは、機体の氷結事故で日本の佐渡島の石浜に不時着することになる。夢との唯一の違いは、奇跡的に死者が出なかったことだった。この事件は1951年に米国紙『Saturday Evening Post』で公表され、1955年には英国映画『The Night My Number Came Up』として劇場公開された。日本では予知夢の部分には触れず、村人と英軍乗組員の交流を描いた映画『飛べ!ダコタ』(2013年)として知られている同じ事件である。
一人の軍人が生涯に複数回、こうした「物理法則を超えた何か」と遭遇している——この事実をどう解釈すべきだろうか。

我々は何を見ているのか
ヴィクター・ゴダードは1987年、90歳でこの世を去った。最後まで彼は、自身の体験を「単なる夢でも幻でもなかった」と語り続けた。
人類は時間の流れを一方向にしか認識できないと信じている。だが、ごく稀に、その壁にひびが入る瞬間があるのかもしれない。1935年の冬、黄色く染まった嵐の中で、一人の英国軍人が垣間見たもの——それは脳内のグリッチだったのか、それとも時空の歪みが偶然開けた小さな窓だったのか。
真相は、彼とともに墓の中だ。
参考文献:
Sir Victor Goddard『Flight Towards Reality』(Turnstone Books, 1975)、
Arthur W. Osborn編『The Future Is Now』(University Books, 1961)、
John Keel『Operation Trojan Horse』(1970)、
ほか
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