社員が次々と死亡・負傷する謎のビルで働く男の実話がヤバイ! 実話怪談「忌み地に就くべからず」

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イメージ画像は「Getty Images」より引用

 ペタペタとガラスに捺されていく子どもの掌の跡を目撃した衝撃は忘れられるものではなく、スタッフが次々に左足に怪我を負っていった頃の厭な空気も憶えていた。また、義理の息子を痛めつけ殺しておきながら何喰わぬ声で電話を掛けてきた河野さんについても、自宅の玄関先で死んでいた田村さんについても、今後も繰り返し思い出しては、幾度となく恐怖を蘇らせるのだろうと予想できた。

 しかし、塔山さんは何か物足りなさを覚えていたのだという。

「人が何人も亡くなってるのに物足りないだなんて、とんでもないことを言うようですが、川奈さんなら理解してくれると思うんですよ。ここまでいろいろなことが身近で起きたら、この目でしっかり見たくなるものじゃないですか?

 インタビューの終わりの方で、塔山さんがこう言うので、思わず私は笑ってしまった。

「見たくなるって、怪奇現象をですか? もうご覧になったじゃありませんか! 高さ5メートルのガラスの壁に手形がどんどん捺されていくところを! そういえば、あの手形は建物の外からついてたんですか? それとも中から?」
「中からだったそうですよ。……いや、確かにあれは神秘的な光景でした。でも、たとえば僕は田村さんのファイルが飛び出すところや、受付嬢や警備員が見たというプレデターみたいなオバケを目の当たりにしてみたいと思うようになったんです。怖いけど、見たい! そう強く願うようになっちゃったんですよ」
「……お気持ちはわかります。幽霊や妖怪を好きなときに見ることが出来たら、どんなに執筆がはかどることでしょう! だけど霊感は売ってませんからねぇ」
ところが僕はついに見たんですよ。10年越し……いや、14、5年越しに、ついに願いが叶って!」

 それはわりと最近のことだ。

 仕事で使う機器が増えて今まで使っていたコーナーが手狭になり、塔山さんの部署は同じフロアの中で別の部屋に移ることになった。

 移る先の床下配線工事と機器などの搬入に要する3日間は休業になり、休み明けに出社したら、荷物を運び入れていた引っ越し業者がここで亡くなったと聞かされた。他の作業員たちが周りにいる中で、いきなり昏倒して死んだという。

 その部屋で今日から働くことになったわけだ……と、思いながら、新しいデスクに鞄と上着を置いてトイレに立った。

 用を足して、さて、廊下に出ようとしたとき、自分の右下の方からキィキィと金属が小さく軋むような音が聞こえた。

 反射的に音の方を見やると、スチール製のゴミ箱があり、その蓋が、真ん中の軸を中心にしてシーソーのようにフラップの左右を互い違いに上げ下げしていた。キィキィキィ……と、ずっと揺れている。

 いつだったか、井原さんがこのことについて何か言っていたな、と思い出した。

 見守っていると、やがて蓋は急に動きを止めた。

 そのとき、目の前のドアに穿たれた窓の外に、誰か立っていることに気づいた。

 ここのようなオフィスビルの共有トイレのドアによく見られる、凸凹ガラスの四角い小窓。そこに小柄な黒い人影が映っている。

 頭と肩の形がはっきりとわかった。じっと待っているようすだ。自分がドアの内側に立っているから、遠慮して入ってこないのだろうと思った。

「あっ、すみません!」とドア越しにその人物に謝りながら、塔山さんは急いでドアを開けて廊下に出た。

 しかし誰もいなかったのだ。

 左右を見渡しても、隠れられるような所はどこにも見当たらず、走り去っていく人もいない。たった今まで、確かに誰か立っていたはずなのに。

 ――塔山さんは現在も同じ職場で働いているが、会社は移転計画が持ち上がっているらしい。塔山さんたちが別の場所に移れば、またどこかの法人が何も知らずに入ることになるだろう。

 清祓いの御祈祷は、今も毎年欠かさず行われているそうだ。

文=川奈まり子

東京都生まれ。作家。女子美術短期大学卒業後、出版社勤務、フリーライターなどを経て31歳~35歳までAV出演。2011年長編官能小説『義母の艶香』(双葉社)で小説家デビュー、2014年ホラー短編&実話怪談集『赤い地獄』(廣済堂)で怪談作家デビュー。以降、精力的に執筆活動を続け、小説、実話怪談の著書多数。近著に『迷家奇譚』(晶文社)、『実話怪談 出没地帯』(河出書房新社)、『実話奇譚 呪情』(竹書房文庫)。日本推理作家協会会員。
ツイッター:@MarikoKawana

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