英語を話すアザラシがいた! 保護から5年後に突然しゃべり出した「フーバー」の謎 —— 訛りまでソックリだった?

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 しゃべるオウム、しゃべる犬、しゃべる——動画サイトを開けば「人間の言葉らしきもの」を発する動物には事欠かない。だが「しゃべるアザラシ」となると話は別だ。

 1976年、米ボストンのニューイングランド水族館で、1頭のゼニガタアザラシが突然、人間の言葉を口にし始めた。名前はフーバー。冗談のような話だが、これは公的な記録として残る実話である。

母音も子音も人間そっくり——訛りまで再現していた

 フーバーの物語は1971年、米メイン州の海辺から始まる。生後わずか数週間で孤児となっていた子アザラシを、地元の漁師ジョージ・スワロー氏が保護したのだ。

 まだ哺乳が必要な赤ん坊だったフーバーは、哺乳瓶による授乳で命をつないだ。この授乳のたび、スワロー氏はいつも子アザラシに語りかけていたという。この何気ない習慣が、後に信じがたい結果を生む。

 やがてフーバーは漁師の手に負えないほど育ち、ニューイングランド水族館へ引き取られた。そこでごく普通の飼育アザラシとして数年を過ごすが、異変が起きたのはそれから5年後のことだった。

 ある日を境に、フーバーははっきりと人間の言葉を発するようになった。誰かに呼びかけるような挨拶、こっちへ来い、急げ、といった短いフレーズを次々と口にしたのだ。

 犬が「ソーセージ」らしき音で飼い主を喜ばせる、というレベルの話ではない。彼の発声を音声解析すると、その波形は驚くほど人間の声に近く、母音や子音を作るときと同じ音の抑揚まで再現されていた。

 しかもその英語は、育ての親スワロー氏ゆずりの、まぎれもないメイン州訛りつき。言葉のクセまで丸ごとコピーしていたのである。

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なぜ5年もかかったのか——鳥のさえずりとの奇妙な符合

 不思議なのは、そのタイミングだ。人間の声を聞いて育ったのは赤ん坊の頃なのに、実際にしゃべり出すまで5年を要している。

 このタイムラグに、言語進化を研究する専門家は興味深い見解を示す。若い鳥は巣の中でさえずりを覚えるが、実際に歌い始めるのは成熟してから——フーバーの遅咲きぶりは、この鳥のさえずり学習をほうふつとさせる、というのだ。

 事実、フーバーが言葉を発するのは性成熟を迎えてからで、主に繁殖期にメスのアザラシへ向かって語りかけていたと観察されている。つまりこの「英語」は、オスのゼニガタアザラシが求愛のために歌う「繁殖の歌」の代わりだったのではないか、というわけだ。人間の耳に挨拶と聞こえたその声は、彼にとっては渾身のラブソングだったのかもしれない。

 なお、フーバーは歴史上唯一のしゃべるアザラシではない。ヴィクトリア朝には「しゃべる魚のジェニー」なる見世物が巡業していた記録が残る。だがこのジェニー、女性名だが魚ですらなく、正体は芸を仕込まれたオスのチチュウカイモンクアザラシ。1859年の宣伝ポスターは、この「魚」がまるで理性を持つかのように人間の会話を理解すると、その賢さを大げさに謳っていたという。

有名になったアザラシ、そして静かな最期

 その驚異的な才能ゆえ、フーバーはちょっとした有名人となった。「リーダーズ・ダイジェスト」や「ニューヨーカー」といった雑誌の誌面を飾り、人気テレビ番組「グッド・モーニング・アメリカ」にまで登場している。孤児のアザラシが、いつしかメディアの寵児になっていたのだ。

 そんな彼も14歳で世を去った。毎年恒例の換毛期に生じた合併症が原因だったという。地元紙ボストン・グローブには、人間の著名人さながらの追悼記事が掲載された。

 アザラシが英語を話す——荒唐無稽に聞こえるこの現象は、音声解析という科学のメスによって「本物だった」と裏づけられている。ただアザラシの音声模倣はフーバー以外ほとんど研究が進まぬまま、当人も世を去った。

 彼が本当は何を伝えたかったのか——その答えは、メイン州訛りの求愛ソングとともに海の記憶に消えてしまったようだ。

※フーバーの声は下記ページで聞くことができます。
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(22)01959-5

参考:IFLScience、ほか

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