ヒトラーのために「聖杯」を探した男 —— SS将校オットー・ラーンが氷河で遂げた謎の死

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 キリストの血を受けたとされる伝説の秘宝「聖杯」。それが南フランスの山中に眠っていると本気で信じ、ナチス親衛隊(SS)の金を使って探し回った男がいた。

 名をオットー・ラーンという。中世文学に魅せられた青年は、いつしか歴史上もっとも危険な組織に抱き込まれ、35歳で凍りついた遺体となって発見された。しかも彼自身、SSがもっとも忌み嫌う「非アーリアの血」を隠していたという。ロマンと狂気と怪死が絡み合う、奇妙な生涯を追う。

中世の「聖杯」に憑かれた青年学者

 オットー・ラーンは1904年2月18日、ドイツ・ヘッセン地方のミヒェルシュタットに生まれた。少年時代からゲルマン神話や英雄ジークフリートの物語に夢中になり、ハイデルベルクなどの大学で中世文学を学んだ。とりわけ彼を虜にしたのが、中世の叙事詩『パルツィヴァール』だった。

 ラーンの仮説は大胆だった。この叙事詩に描かれた輝く石=聖杯と、それを守る城「モンサルヴァージュ」は、暗号化された史実だというのだ。彼はその城の正体を、南フランス・アリエージュ地方にそびえる実在の要塞モンセギュールに求めた。両者の地名の語源が通じ合う、というのが根拠だった。

 1931年、ラーンはアリエージュに腰を据える。地元の洞窟研究家アントナン・ガダルと親交を結び、ロンブリーヴ洞窟をめぐるカタリ派の聖杯仮説を吸収していった。彼は洞窟の奥で見つけた石灰岩の刻線を、テンプル騎士団の紋章や「ロンギヌスの槍」の痕跡だと解釈したという。

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ベルリンからの電報——ヒムラーが差し出した1000マルク

 1933年、ラーンは処女作『聖杯に対する十字軍』を世に出す。13世紀にカタリ派を殲滅した「アルビジョワ十字軍」の真の目的は聖杯の奪取だった、という筋書きだ。学術的な裏付けは乏しく批判も受けたが、ドイツとフランスで合わせて1万人ほどの読者を得た。

 この本が、思わぬ運命を呼び込む。パリで困窮していたラーンのもとに、同年12月、ベルリンから一通の電報が届いた。研究資金として月1000マルクを支払うという申し出だ。差出人はハインリヒ・ヒムラー。古代ゲルマンの神秘思想とアーリア人の起源に取り憑かれた、SS長官その人である。

 1935年、ラーンはSSに入隊し、やがて中尉にまで昇進する。ヒムラーの側近には、22万8000年分の祖先の記憶を持つと自称した神秘家までいた。1937年には、ラーンの第2作『ルシファーの宮廷』がヒムラーの手でヒトラーの誕生日に贈られたと伝えられている。

「非アーリアの血」という致命的な矛盾

 だが、ラーンは決して口外できない秘密を抱えていた。彼の母はユダヤ系の家系だったのだ。

 アーリア人の優越を理論化する当の本人が、ニュルンベルク法のもとでは「混血(ミッシュリンク)」に分類される——。純血を証明する書類を、彼はどうしても用意できなかった。仕える組織の教義そのものが、彼自身の存在を否定していたのだ。

 矛盾はそれだけではない。1937年、ラーンは泥酔した末の同性愛的なふるまいをとがめられ、懲罰としてダッハウ強制収容所の勤務に回されたと伝えられる。歴史家クリスチャン・ベルナダックによれば、血統を証明できないと悟ったことが、SS退職願いの引き金になったとみられている。

氷河で凍りついた遺体——三つの死の仮説

 1939年3月13日、ラーンの凍りついた遺体が、オーストリアのカイザー山地で発見された。享年35。青酸を口にしたとの記録もある。その日付は奇しくも、モンセギュール陥落の記念日(1244年3月16日)とほぼ重なっていた。

 死の真相をめぐっては、三つの説が今も並び立つ。第一は儀式的な自死。カタリ派の完徳者が実践した断食による浄化「エンドゥーラ」にならい、ナチスの軍国主義への抗議として自ら飢えと寒さに身を委ねた、という見方だ。第二はSSによる暗殺。混血の血、同性愛、独立不羈の知性ゆえに消された、とする説である。

 第三はより奇怪だ。ベルナダックは、ラーンが死を偽装し、別人として第三帝国に仕え続けたのではないかと推測した。ただしこの説は、根拠とされた「ルドルフ・ラーン」が実はオットーの弟の外交官だったと判明し退けられている。検死で死因が確定されなかったことが、謎をいっそう深くしている。

 ラーンの学説は、専門家によってことごとく崩された。真正なカタリ派の文書に聖杯への言及はなく、彼の物語は幻に近い。だが皮肉にも、その幻は生き延びた。映画『インディ・ジョーンズ』の着想源になったとも語られ、モンセギュールには今も観光客が絶えない。

 史実としては否定された物語が、神話としては誰よりも長く歩き続けている。聖杯を追った男が最期に氷の中で何を見たのか、知る者はもういない。

参考:Wikipédia(fr)、ほか

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