すべての時計が午後10時25分で止まっていた! 乗員乗客25人が消えた「不沈船ジョイタ号」1955年の謎

By Unknown photographer – http://news.xinhuanet.com/english/photo/2013-08/03/c_132598214_6.htm, Public Domain, Link

 夜明け直後の南太平洋に、異様な影が浮かんでいた。船体は大きく傾き、窓は割れ、波が船首を洗っている。それでも沈みきらずに漂い続けていた——そして甲板には、人の姿がひとつもなかった。

 貨物船トゥバル号のジェラルド・ダグラス船長は、船腹の名前を読んで事の重大さを悟った。「ジョイタ」。数週間前からニュージーランド空軍が捜索していた行方不明の船だった。

 乗っていたはずの25人は、どこへ消えたのか。1955年のこの事件は、いまも海洋史上屈指の未解決ミステリーとして語り継がれている。

48時間の航海のはずが、965km離れた海域で発見された

 ジョイタ号がサモアのアピア港を出たのは1955年10月3日。目的地は北方のトケラウ諸島で、乗員16名、乗客9名の計25名が乗り込んでいた。貨物と食料を積んだ、48時間ほどの短い航海になるはずだった。

 だが船は目的地に着かず、乗っていた全員が理由の分からないまま消えた。フィジー北方で発見されたとき、船は予定航路から西へおよそ600マイル(約965km)も離れた海域を漂っていた。

 しかもこの船には、いわくがあった。豪華ヨットとして建造された船体はスギ材で、船倉の内側にはコルクが張られている。つまり「絶対に沈まない船」として世に出た一隻だったのだ。

 1931年にハリウッドの映画監督ローランド・ウェストが購入し、妻の名にちなんでスペイン語で「小さな宝石」を意味するジョイタと名付けた。大戦中は真珠湾周辺の哨戒艇としても使われている。出港時、船に異常は認められていない。

By Unknown photographer – http://www.savalinews.com/2012/03/11/joyita-remembered/, Public Domain, Link

マットレス、日除け、そして2182kHzに合わせられた無線機

 沈むことを拒む船に乗り移った者たちを待っていたのは、答えではなく新たな謎だった。

 割れた窓、ひどく損傷した操舵室、落ちた電源。周囲に積み荷や漂流物が浮かぶ様子もない。

 右舷エンジンには、なぜかマットレスが押し当てられていた。甲板には間に合わせの日除けが張られ、救命ボートとディンギーは失われていた。無線機のダイヤルは国際遭難周波数の2182kHzに合わせられたままだったが、電波は出ていない。誰かが救難信号を送ろうとしていたとしても、その声はどこにも届かなかったことになる。

 そして何より不気味だったのが、船内の時計だ。そのすべてが、午後10時25分を指したまま止まっていた。

腐食した1本のパイプが導いた、47年後の答え

 事件には長く尾ひれが付いてきた。発見当時は冷戦の緊張が高まりつつあった時期で、ソ連の潜水艦が乗員乗客を拉致したという噂まで流れている。

 オークランドの研究者デヴィッド・ライト氏は、著書『Joyita: Solving the Mystery』で、発見から47年後にこうした噂を一つずつ否定した。喫水線より上の損傷は潜水艦の襲撃と整合せず、反乱説や、漁船と衝突して乗員が殺害されたという話も退けられている。

 同氏が重視したのは船の内部構造だ。電灯も航海灯も点灯した状態で見つかり、しかも航海灯のスイッチは操作しにくいものだった。つまり船は夜間に航行していた可能性が高い。

 大戦中に交換された部品のうち、あるパイプが腐食して漏水を起こし、気づかれないまま進行していた。漏れが始まったのは午後9時以降とみられ、暗闇では発見が遅れたはずだ、というのが同氏の見立てだ。

 さらに左舷の主機と右舷の補機はどちらも不調で、片方の部品をもう片方へ流用した形跡もあった。船はもはや、動かない木と鉄の塊になりつつあった。

 救難信号が届けばニュージーランド空軍の飛行艇が救助に向かうはずだったが、その機影は現れない。ライト氏は、乗員乗客が全員を支えるには小さすぎる救命いかだへ移ったと推定する。船長のトーマス・”ダスティ”・ミラー氏は航海日誌とコンパスを手にしたのだろう。それらは後に船内から失われていることが確認された。

計画ルート(赤線)とジョイタ号が発見された場所(紫色の円) By RicHard-59Own work, based on OpenStreetMap, CC BY-SA 3.0, Link

海が抱えたまま返さないもの

 その後、空軍が周辺海域を捜索しても、乗員乗客の痕跡は何ひとつ浮かんでこなかった。調査委員会には多くの物証が提出されたが、25人の失踪について納得のいく説明は最後まで示されていない。乗員の一部は「死亡」ではなく「行方不明」として扱われた。

 積まれていた救命胴衣はごくわずかだった。溺死したか、サメの犠牲になったのか。推測はどれも、遺体という裏付けを欠いたままだ。

 腐食した1本のパイプが船を殺したことは、おそらく間違いない。だが、25人を殺したのが何だったのかは、いまだに証明されていない。午後10時25分に何が起きたのか、その答えを持っているのは、今のところ海だけである。

参考:Popular Mechanics、ほか

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